『カーボンナノチューブの概要と課題』 機能材料 2001年 5月 無断引用を禁ずる。

カーボンナノチューブの概要と課題

電気通信大学・電子工学科  齋藤 理一郎

炭素は、生命科学から物理学・化学、物質科学に至るまで、すべて の科学で重要な元素である。宝石や工業上重要なダイヤモンドや、 鉛筆の芯や墨の材料であるグラファイトは炭素だけからなる物質 (同素体)であり、紀元前から安定な物質として知られていた。また 炭素は、火を作る材料として文化の興隆を見守ってきた。中世では、 錬金術とともに化学が発達し非常に多くの化学物質が人工的に作ら れた。近代に入ると生命を構成する様々な物質が、炭素を骨格とす る化合物として発見され合成された。例えばベンゼンの合成から今 日の様々な薬が生まれた。20世紀になると量子力学によって物理と 化学が融合し、物質のもつ性質を計算機を用いて予測できるように なった。この結果として逆に新物質や微細技術によって、計算機の 性能は指数関数的に進歩した。この計算機の進歩と新物質設計のサ イクルは加速度的に進展し、より複雑な物質や生体分子までも理解 できるようになった。その一つの成果として20世紀の終りに新しい 炭素の同素体としてフラーレンとナノチューブが発見され、科学技 術の世界で爆発的な発展をとげるに至った。

ナノチューブの研究はナノメートル(10億分の1m)領域でのナノテク ノロジーとして注目され、生命の起源への探求である遺伝子(DNA) を操るバイオテクノロジーとともに、21世紀の科学技術を担うと広 く期待されている。最近の10年の研究で未来技術の実現に向けて大 きく展開し、科学者の興味を引いてやまない多くの問題と、技術者 の克服すべき課題が明確になってきた。本稿では、ナノチューブに 関する特集の導入の記事としてカーボンナノチューブの概要の紹介 し、将来に向けた課題について平易に紹介する。多くの背景を持つ 読者が興味を持って、新しい発想で新規参入することを歓迎したい。

1. 願ってもない小さな構造

カーボンナノチューブは、直径が約1nm、長さが約1μmの円筒形の 構造を持ち、炭素だけからなる物質である。中空は真空である。直 径と長さの比は1000倍以上あり柔軟で引っ張りの強度(50GPa)の強 い『細い糸』である。この強度は、同じ重さあたりで比較すると、 鉄のワイヤの10倍以上になる。ナノチューブには円筒面が多層のナ ノチューブ(multi wall carbon nanotube, MWNT)と、単層のナノチュー ブ(single wall carbon nanotube, SWNT)がある。多層ナノチュー ブは直径が30nm ぐらいまでをさす。これより大きいものはカーボ ンファイバーに属すると考える。

一層の円筒面は、黒鉛の一層であるグラフィンの六角格子からなる。 ナノチューブは六角形からなる格子を円筒形に丸めた構造になって いる。六角形の一辺は炭素原子の結合距離に相当し1.42A であり、 丸めたときの直径(約1nm)に比べれば十分小さいので、六角形がど ういう方向で丸めるかによる弾性的な性質の差はない。したがって 合成されたナノチューブは、後述するように様々な螺旋構造を持つ ことが高解像度電子線回折やSTM(操作トンネル顕微鏡)などの実験 で直接的にわかっている。

一方ナノチューブの電子状態は、電子の波動としての量子性が顕著 に現れる大きさであり、多彩な螺旋構造によって金属にも半導体に もなるという著しい性質を持っている。このように弾性的、電子的 に類い稀な性質によって、機能材料としての多くの可能性が提唱さ れ、この10年の研究で検証または実現されてきた。特に 1nm とい う大きさで従来の機能を実現すると、現在の半導体素子の大きさを 長さで100倍、面積で1万倍、体積で 100万倍の集積度をあげること が可能である。1次元の線状の物質であるので、体積での集積度は 難しいとしても、『桁違い』の改良を実現できる。半導体素子の進 歩の延長上に必ずナノチューブが必要になってくることは間違いな い。

シリコンの微細化技術も100nm を切る大きさになってきたが、シリ コンの潜在的な欠点は、特定の構造を持たない『ワイヤー』である ことである。したがって構造が小さくなってくると、電子の波動性 が問題になってきて結晶の端や形の効果が無視できなくなる。線材 の端の効果を無くす有効な手段が円筒形であることを考えると、カー ボンナノチューブは、まさに『願ってもない小さな構造』である。

直径1nm という大きさは微細技術で作られるどの細さよりも『極め て細い』物質であり多くの応用が提案されている。現在多くの種類 のナノチューブが市販され、応用に向けた開発環境は広く開かれた ということができる。例えばナノチューブを電子銃としてディスプ レイに応用することは実用段階にきている。。またSPM (操作プロー ブ顕微鏡、STM、AFM(原子間力顕微鏡)等の総称名)の探針として MWNT が2000 年から市販されている。従来の探針と交換するだけで 特性の飛躍的向上を実感できる。さらに未来の車に使われると考え られている水素吸蔵材料としても注目を集めている。すでに重量の 5%の水素を貯めることが報告されている。またリチウム二次電池 や、静電容量の非常に大きな材料(スーパーキャパシタ-、100F/g 以上)としての研究も著しい。このような応用研究の対象のすそ野 は広がる一途をたどっていて、そのどれもが著しい結果をあげてい る。これは、ナノチューブが『極めて細い』構造によるところが大 きいのである。この構造をどう使うかは、新鮮な発想が必要であり、 また多くの技術が求められている。

2.合成法:極めて人工的な生成条件

ナノチューブはどのようにしてできるのか。その生成方法の概要を 述べる。著者は理論屋であり話の正確性に欠ると思われるが、ご容 赦願いたい。ナノチューブは決して自然界の条件ではできない極め て人工的な条件で合成される。その生成機構はいくつか有望な議論 はあるが、生成時間が1μ秒程度で極めて短時間であり、生成機構 の決定的な実験的証拠を見つけることは難しい。

代表的な生成法としてアーク法がある。500Torr 程度の Ar や水素 の気体雰囲気中で 2つの炭素棒の間に20V 50A 程度のアーク放電を 行うと、陰極堆積物の中に多層のナノチューブが生成する。また炭 素棒の中に触媒として、Ni/Co, Pd/Rd 等を混ぜてアーク放電を行 うと、煤として容器の内側に付着する物質のなかに単層ナノチュー ブを得ることができる。アーク法はフラーレンを合成する装置とし ても知られ、フラーレンやそのほかの炭素物質も同時に生成される が、ナノチューブに比べて不安定なため、酸素や過酸化水素で酸化 することでフラーレン等を取り除き、ナノチューブの純度を高める ことができる。またナノチューブは溶媒に溶けないが、超音波を用 いて溶媒中に分散させることができる。

単層ナノチューブ(SWNT) を比較的高い純度で制御良く得る方法と しては、レーザアブレーション法がある。上記触媒を混ぜたグラファ イトの表面に YAG レーザの強いパルス光を当てると、炭素の煙が 出てくる。この煙を20 Torr 程度の Ar を送り流して電気炉で 1200 C程度で加熱すると、管の側壁に SWNT が付着する。管の表面 を10分程度加熱してフラーレンを昇華させることで純度の高いナノ チューブを得る。電気炉の温度をあげると、比較的半径の大きな (1.4-1.6nm)SWNTができる。SWNTの半径は、触媒の種類によっても 制御できる。電気炉の中で、SWNTが成長していると考えられる。

より大量に合成する手法として、CVD 法(chemical vapor deposition)がある。触媒金属表面を、メタン等の炭素化合物を 500-1000C で熱分解することで得られる。これはカーボンファイバー で広く用いられている方法であり、制御良く多層ナノチューブ (MWNT)をつくることができれば、大量合成に最も向いている手法で ある。また触媒粒子を 2nm 程度に小さくすると、その触媒から 1 本の SWNT が生成され、 1本のSWNTの物性を測るのには大変便利な サンプルができる。また最近 一酸化炭素 (CO) を高圧で熱分解し て 2CO -> CO_2 + C の反応によってナノチューブができる。すで に市販(HIPCO、high pressure carbon monooxide)されている。こ の場合の触媒はペンタカルボニル鉄 (Fe(CO)_5) であり有毒な物質 であるので合成は十分考慮された環境で行う必要がある。このほか SiC を 1500C を越える温度で加熱すると、SiC の C が出ている結 晶面で Si が蒸発し MWNT ができることが報告されている。いずれ の場合でも酸素が結晶成長に密接に関係しているのが特徴である。 Si ナノワイヤーも 2SiO -> SiO_2 + Si (nanowire) の反応で作ら れる報告がある。

SWNT では直径が 0.4nm から 2.0nmぐらいまで制御可能である。直 径が0.4nm の SWNT は ゼオライトの中で炭化水素を分解して得る が、ゼオライトの外に取り出すと不安定なため構造が壊れてしまう。 また水素ガス中のアーク放電で得られた多層ナノチューブの最も内 側の層の直径も0.4nm という報告がある。MWNT では、直径は 50nm 程度まで得られている。50nm ぐらいの太さぐらいになると、チュー ブが年輪のように同心であるとは限らず、渦巻き状のものや、ソフ トクリームのカップを重ねたような円錐面が軸方向に重なったよう な構造(Herring Bone (魚のにしんの骨)構造)などになることも知 られている。しかしこれは一般にはナノチューブとは別の炭素物質 と考えられる。

3。ナノチューブの立体構造の定義

ナノチューブは、グラファイト1層の六方格子(図1)を丸めた立体構 造をもつ。ここから任意の螺旋構造ができる。ナノチューブの立体 構造は、半径とカイラリティと呼ばれる螺旋度で定義できる。

六方格子の模様がついた紙を丸めて円筒面をつくる。円筒面の格子 点を1つを選択する(図1のO)。点 Oから任意の格子点 A に線を引き、 O と A をつなぐように丸めると円筒ができ、OA は円筒の赤道(最 短の円周)になる。次に OA から垂直に線 OB を引き、またAからOB に平行な線 AB’を引く。OB と AB' は円筒に丸めるとき重なる線 である。等価な格子点 O と A からでた2本の平行線は、六方格子 の各辺と等価な位置で交わる。したがって、OB と AD'上での円筒 面の六方格子の模様は滑らかにつながり、丸めたときに六角形が歪 むこと無くつなげることができる。このように赤道を定める2点(O とA)をきめると、ナノチューブの構造は一意に決まる。

逆にナノチューブのすべての螺旋構造は、赤道に相当する格子ベク トルOAで一意に定めることができる。このベクトルのことを以下カ イラルベクトルと呼ぶ。カイラルベクトル C_h は、基本格子ベク トル a_1, a_2 の線形結合で表され、C_h= na_1 + ma_2 ≡ (n,m) と二つの整数で表すことができる。チューブの直径は、C_h の大き さをπで割って得られる。例えば (10,10) ナノチューブの直径は 約 1.4nm である。また螺旋角θも、tanθ = √3 m/(2n + m) と n, m の関数になる。六方格子は 60 度の回転に関して対称である ので、m を -n から n の整数に限ることができる。

いろいろな (n,m) に対して螺旋度を含めて立体構造が決まるが、 そのうちナノチューブの軸に対して鏡映の対称性を持つ場合が2種 類ある。一つは、m=n (または -n)の場合で、円筒面の切口の形状 からアームチェア(armchair) ナノチューブと呼ぶ(図2(a)). もう 一つの場合には m=0 の場合でジグザグ(zigzag)ナノチューブ(図 2(b)) と呼ぶ。それ以外の場合には、立体構造は本質的に螺旋であ りカイラル(chiral)ナノチューブと呼ぶ。ナノチューブには、この ように整数の組み合わせの数だけ異なる立体構造が存在する。この 事実は 高解像度透過電子顕微鏡(TEM) または STM の実験で直接様々 な (n,m) の構造が観測されていて、螺旋度が一様に分布している ことがわかっている。特に最近では、一本のナノチューブのラマン 測定から簡便に直接(n,m)が測ることが可能になった。

4。電子状態 : 金属か半導体であること

ナノチューブの電子状態の話は固体物理の知識が必要である。周期 的に並んだ原子での電子は波としての性質をもち、そのエネルギー は波数 k (波長の逆数)の関数で表される。この関数をエネルギー 分散関係と呼ぶ。エネルギー分散関係の値として、電子はエネルギー バンドと呼ばれる連続したエネルギー領域のエネルギーを持つこと が可能である。固体中のすべての電子がエネルギーの小さいエネル ギーバンドから順に占有したとき、エネルギーの最も大きな占有エ ネルギーおよび、エネルギーバンドをそれぞれフェルミエネルギー, 価電子帯と呼ぶ。もし価電子帯の許すエネルギーバンドに部分的に 電子が占有する場合には、フェルミエネルギー上の電子は価電子帯 の非占有の状態に容易に励起して電気を流すことができる。この様 な物質が金属である。また、価電子帯に電子がすべて占有する場合 に電気を流すには、エネルギーギャップ(禁制帯)と呼ばれる電子が 存在できないエネルギー領域を越えて、電子の占有していないエネ ルギーの最も小さいエネルギーバンドである伝導帯に電子が励起す ることが必要である。この励起は熱によって可能であり、高温であ るほど電気が流れる。エネルギーギャップの大きさがおおよそ 5eV 程度以下の物質を半導体と呼ぶ。エネルギーギャップの5eV以上に なると、電気がほとんど流れない絶縁体になる。

カーボンナノチューブのエネルギーバンドを調べてみると、電子状 態は立体構造に依存して、金属にも半導体にもなる。結果だけを述 べると (n,m) で n-m が 3 の倍数のときは金属で、3 の倍数でな い場合には 半導体になる。例えば (9,0), (11,2) は 金属である が、(10,0)や (11,3)は半導体になる。半導体ナノチューブの場合 にはエネルギーギャップの大きさは半径に反比例する。実際には、 1eV からほぼ連続的にギャップが変わる。

立体構造に依存して、同じ物質から金属や半導体の両方が得られる のは、量子的な効果に因るものであり、極めて特殊な結果である。 (n,m)と電子状態の関係は、一本のナノチューブに対してSTMを用い て螺旋構造(n,m)を測定し、同時にSTS(操作トンネル分光)を用いて そのエネルギーギャップを測定することから検証されている。ちな みに金属ナノチューブの場合であっても、低い対称性の効果が入る とフェルミエネルギー付近に小さい(数meV)のギャップができるこ とがある。そのような大きさのギャップが本質的な物性の場合には 無視できないことに注意したい。また 0.5nm ぐらいの半導体の条 件のチューブもナノチューブの曲率の効果によって金属的になるこ とがわかっている。

シリコン半導体の技術と本質的に異なることは不純物を用いずに、 電子状態のパラメータを半径の異なるナノチューブを用いることで 制御できることである。これはナノメートルの世界で回路を作るの に本質的なことである。またナノチューブの有効質量は エネルギー 分散関係が直線的であるので 0に近い。また散乱が少ないので許容 電流の最大値が大きい。シリコンに大電流密度を流せる程度は、 10^6 A/cm^2 程度である。これ以上電気を流すとマイグレーション (原子の移動)がおきる。ナノチューブは10^9 A/cm^2ぐらいまで流 せることが最近の実験で報告されている。以上のことからナノチュー ブを用いて、1nm の回路幅をもつ集積回路を原理的に作ることが可 能であり、現在その基礎となる素子が実験室レベルで作られている。

5。電気伝導 : 共鳴トンネル効果、量子コンダクタンス

ナノチューブの電気伝導は、1 次元の量子的な伝導であり、立体構 造が正確に定義できるので基礎物理として興味深い。ナノチューブ の両端にソース・ドレイン電極をつけ、中央にゲート電極をつける とゲート電極によって、ナノチューブに流れる電流を制御できる。 このときナノチューブは両端の電極によって一種の量子井戸を作り、 チューブ軸方向の電子状態が離散的な準位をもつ。この離散的な準 位のエネルギーがゲート電圧によって両端の電極の電位差の間(電 位窓)に存在すると電流が流れる効果によるものである。水位の異 る2つの湖をパイプでつなぐような状況を想像頂きたい(水圧がある ため状況は若干異る)。これを共鳴トンネル効果と呼ぶ。このよう な効果が実験で観測されることから、ナノチューブの長さで電子は 散乱がほとんど起きていない『弾道輸送(ballistic transport)』 であると考えられる。

一方素子の大きさが小さくなると素子の持つ静電容量が小さくなり、 電子一個がナノチューブに入ると電子の素電荷(-e)によって、離散 的な準位のエネルギーが増加して、共鳴トンネル効果の電位窓の外 にでてしまう。この結果次の電子がナノチューブに入れなくなる。 この効果をクーロン障壁効果と呼び SWNT の電気伝導でも報告があ る。また電子電子間のクーロン反発が比較的大きな系においては、 渋滞寸前の高速道路上での車の流れように、電流が電子間の相互作 用によって支配されてしまう。この結果低温での電気伝導が logT に比例するという、いわゆるラッテンジャー流体的な電子のふるま いが報告されている。

以上の現象は、半導体の微細な回路でも観測されていて、原子分子 のミクロな世界と固体のマクロな世界との中間のメゾスコピックな 世界の物性として広く知られているものであり、ナノチューブにも その現象があらわれたものである。

電極の接触抵抗を十分小さくオーミックな接触が期待される場合に は、ナノチューブの伝導度は量子化される。量子化コンダクタンス の値 G_0 の値は、h/2e^2 = (12.9kΩ)^-1である。もし不純物等に よる電子の散乱が一切ない弾道輸送においては、量子化コンダクタ ンスは経路(チャネル)あたり G_0 になる。ここで経路とは、フェ ルミエネルギーと交わるエネルギーバンドの数に相当する。金属ナ ノチューブの場合には、経路は2つ存在し 量子伝化コンダクタンス は2G_0 になるはずである。しかし100mK 程度の低温にしても測定 された電流はG_0 の値の数パーセント程度しか流れなかったので、 電極とナノチューブの接触抵抗が大きすぎることが問題になった。

ところが、多層ナノチューブの片方に電極につけ、もう片方を水銀 につけたところ、常温で量子化コンダクタンスの値が得られた。実 験のコンダクタンスの値は理論の半分の $G_0$ である。このこと は量子伝導が不純物によって、2つある経路のうち1つが無くなって しまったことによると考えらている。これに関する理論的な展開は、 文献を参考にしていただきたい。重要な点はナノチューブにおける 電子の散乱は大変特殊であり、電子の波の位相のもつ対称性によっ て不純物があっても散乱されような現象(後方散乱消失効果)がある ことが報告されている。

6。半導体デバイス : ナノチューブの接合系、整流特性

半径や螺旋度の異なる2つのナノチューブの端どうしをつなげると、 金属-半導体、金属-金属、半導体-半導体のジャンクションができ る。このジャンクションは、蜂の巣格子の6角形の中に5角形(円筒 が閉じる)と7角形(広がる)を1組おりこむことで、任意の2つのナノ チューブを円錐台の構造で一意につなげることができる。その詳細 については、文献に譲る。とくに金属-半導体はショットキー接合 形をつくることができる。実際にそのショットキー接合から整流特 性(ダイオード)が実験で報告されている。

半導体-半導体接合は一般にエネルギーギャップが異なるためヘテ ロ接合系になる。金属-金属接合系は、フェルミエネルギーの位置 がすべて共通なので、滑らかな電気伝導が期待できるが、おもしろ いことにフェルミエネルギーでの電子の空間対称性が2つのチュー ブで異なると、接合部で全反射する。例えば、(n,n)のアームチェ ア型のナノチューブと(n,0)型のジグザグ型のナノチューブは、軸 を通る鏡映面をもつ対称性があるが、このフェルミエネルギーでの 波動関数は軸の周りの量子数が異なるため全反射する。

また2つのナノチューブを直交するように接触させることもできる。 この場合接触面の変形によって、接触面積が増加し2つのナノチュー ブ間の伝導度が、0.2-0.3 G_0 程度になるという理論の報告がある。 これを利用して複数のナノチューブを相互に直交させるようなマト リックスを作り集積回路をつくろうという提案がある。このために は一方向のナノチューブを平行にそろえなければならない。最近の 実験では2つの電極間に電場をかけナノチューブを気相成長させる と平行に成長するという報告があり、今後の進展が注目されている。

また最近の実験では、常伝導体(N)であるナノチューブを2つの超伝 導体(S)ではさんだ S-N-S系を作り、常伝導体であるナノチューブ の中を超伝導体のクーパ対が壊れずに通り抜ける効果(近接効果)が 報告されている。ナノチューブは散乱が起きにくい電子状態の系で あり、クーパ対に対しても後方散乱が起きにくいことが理論的に予 想されている。またナノチューブを2つの強磁性体ではさみ電気伝 導を測ると、片側の強磁性体での電子のスピンの向きが保たれたま まもう一方の強磁性体まで電子が移動するので、両側の強磁性体の 磁化の向きを平行にすると電流が良く流れるが、反平行にすると電 流が流れにくくなる現象が実験で報告されている。これを利用して nm の大きさの磁気的な情報を読み込む装置(ハードディスク)を作 ることが提案されている。

7。磁場効果、AB効果

ナノチューブの金属か半導体の状態は量子効果で作られるので、磁 場によって波数を変調させて、相互の状態を変えることができる。 例えばナノチューブの中空の部分に、ナノチューブの軸に平行に磁 場をかけるとナノチューブ面に磁場がかかっていなくても、ベクト ルポテンシャルの影響を受けて、赤道を回る電子の波数に磁場の効 果が加わる。このことはアハロノフ・ボーム(AB)効果として知られ る。実際金属ナノチューブに量子磁束の半分の大きさの磁場を加え ると、エネルギーギャップが最大になり、半導体になる。また半導 体ナノチューブは螺旋度に応じて、量子磁束の1/3または2/3の磁場 で金属になることが知られている。

このようにエネルギーギャップが磁場によって変化することは、半 径の比較的大きな多層ナノチューブの電気抵抗が磁場に関して周期 的に変化することで観測されている。STMや光吸収によってもこの 変化が見られると考えられていて、現在精力的に研究がなされてい る。また前述した後方散乱消失効果は磁場によって壊されるので、 後方散乱がおき電気抵抗が大きくなる。したがって純粋なナノチュー ブにおいては、巨大磁気抵抗が起ると期待されている。

8。電子の電場放出、フィールドエミーッタ・ディスプレイ

ナノチューブの先端は従来の加工して作ったいずれの材料よりも細 く電場が集中するため、電子が電場の効果だけによってでてくる電 場放出効果がある。特にナノチューブの先端のキャップと呼ばれる 半球状のものは、酸化によって簡単に除去でき開放端にすることで 電場効果を高めることが可能である。数値としては 数百V で μA の電流を流したという報告がある。多層ナノチューブを電子銃とし てつかうと、薄型のディスプレイを製作することができる。従来の 熱電子を用いる電子銃の陰極にはヒータが必要であり、地球全体で みれば莫大な電力が消費される。ナノチューブ冷陰極はヒータの熱 源が不要であるばかりでなく、加速電圧も小さくできるの低消費電 力で動作が可能である。すでにナノチューブを用いた 9 インチの 薄型のディスプレイの試作品が報告されている。ナノチューブディ スプレイは近年のうちに実用化するものと考えている。

9。水素吸蔵、ガス吸着効果、リチウム電池材料

単層ナノチューブは、すべての原子が表面(及び円筒内面)に関係し ていて気体吸着、特に未来の車に使われると考えられている水素吸 蔵材料として注目を集めている。すでに重量の5%の水素を貯める ことが報告されている。またリチウム二次電池や、静電容量の非常 に大きな材料(スーパーキャパシタ-、100F/g以上)としての研究も 著しい。

またナノチューブ表面に気体分子が吸着すると、電子の移動が起こ り熱起電力が気体分子の種類によって敏感に正から負までさまざま に変化することが実験で報告されている。この特性を利用して『ナ ノノーズ(鼻)』としてガスセンサーを作ることが提案されている。

現在のリチウム二次電池は負極に炭素材料が使われており、ナノチュー ブも表面積の大きな物質としてその有望性が議論されている。現在 の実験では1000mAh/g を越える値が報告されているが、充放電で非 可逆な部分の多い問題が残っている。

このような表面反応を用いた応用では、ナノチューブがトンのオー ダで生成されることが必要である。現在最も大量に作られる CVD の装置で MWNT を 1時間 200g 生成すると言われているので、さら に大量合成を行う装置を開発する必要がある。大規模な研究開発に は、企業の力が必要であろう。

10。SPM 探針の可能性

SPM 探針の条件として、細くて、長く、弾力性に富み、電気を通し、 さらにチップの形が明確にわかっているものが良い。ナノチューブ はこの条件をすべて満たし、すでに実用段階にある。ナノチューブ 探針を AFM (原子間力顕微鏡)に使うことにより、従来見ることが できなかった微細構造が『くっきり』みることができるようになっ た。生体物質への応用の期待も大きい。

さらに、DNA の塩基配列までもSPM で直接見ることをめざして野心 的に研究が進められている。もしDNA を直接みることができると、 現在のゲノム計画の手法である切断と推定を繰り返す作業は不要に なり、著しく高速にまた確実に読み取ることができる。ちょうど、 ハードディスクから情報を取り出すように遺伝子情報を読み取れる 時代が来るかも知れない。

11。ナノチューブとフラーレンの合体 : ピーポッドの合成

単層ナノチューブの先端は一般には閉じている。先端にある五員環 は六員環に比べ不安定なので、これを酸化の手法(酸素中で高温処 理、または H_2O_2 で処理)によって先端を開くことが出来る。開 いた先端から、ナノチューブの内側の中空に C_60 を昇華させた気 体をいれると中にぎっしりはいり、さやえんどう(ピーポッド、 peapod)のような構造をとる。この構造も炭素だけからできる新し い構造であり、その機械的特性、電気的特性が新たな研究課題とし てホットな話題として精力的に研究されている。

またピーポッドを1200Cぐらいに加熱すると、内側のフラーレンだ けが壊れて、2層のナノチューブをつくることができる。このよう な手続きは、既存の構造から人工的なプロセスを繰り返して、新た な超構造を生む可能性を開いたと考えられる。さらにナノチューブ の中だけで化学反応をおこすことも可能であり、微細領域での生化 学反応やチューブ内の高分子合成反応などいろいろ応用が提案され ている。

12。ナノテクノロジーの基礎技術

ナノテクノロジーは、このように様々な応用を提案されて精力的に 研究が進められている。このような応用を実現するには、ナノチュー ブの大量合成がなされることが必要であることはいうまでもないが、 それよりもまして、nm 領域を自由に扱うことができる基礎技術が 必要である。

nm 領域は、光学的に見ることができない領域であるので、高解像 度の電子顕微鏡や SPMで見ながら、ナノチューブを切ったりつなげ たりの作業が必要である。現在までに、米国のベンチャー企業など 様々な研究所でこの技術の蓄積がおこなわれているところである。 また、様々なナノチューブの螺旋度を決める有力な方法として、光 物性を利用する方法がある。ナノチューブのが1次元の電子状態を 反映して、ファンホーブ特異点と呼ばれる電子状態密度が発散する ところがいくつかあり、この特異なエネルギーはナノチューブの半 径や螺旋度に依存していて、特定のナノチューブだけがそのエネル ギー差に対応するレーザ光を強く吸収する。この効果を利用して、 ラマン分光、光吸収、光伝導等の実験が報告されている。特にラマ ン分光は一日の長があり、共鳴ラマン分光を用いて一本のナノチュー ブのラマン強度を得ることも可能になってきた。今後集積回路中の ナノチューブの構造を理解するにはラマン分光は簡便な方法として 注目を集めている。現在は技術自体が独立とした研究対象になりつ つある。今後もこのような、基礎物性に関連した技術が急速に進展 することと思われる。

13。終りに

ナノチューブの研究成果は、1999年ぐらいから文献を把握するのが 困難になるほど急速に増加している。様々な要因が考えられるが、 試料が容易に手に入るようになったこと、また国家政策として世界 中の国がナノテクノロジーに巨大な予算を投下して技術の優位生を 高めようとしていること、プロジェクト研究に多くの研究者が新規 参入してきたこと、さらには企業をはじめ応用に向けた開発が水面 下でも動き始めたことが理由としてあげることができる。

研究者の数は研究分野の力となる。10年はかかるような技術や夢物 語であったお話も、ごく短期間に実現し現実味をもって語られるよ うになってきた。短期間に成果をあげるために、国際協力、官民の 協力が非常に活発に行われている。そして、重要な研究の駆動力は、 新規の研究者のもつ豊富なバックグラウンドであり、そこから斬新 なアイデアが提供されることである。学会研究会で新しい人から新 しいアイデアをきいて毎度驚かされ感心する毎日であるが、ナノチュー ブ研究の課題が非常に多くあるため、さらに多く研究者・技術者の 参入が望まれている。

本稿を閉じるにあたって、ナノチューブ研究の大きな課題を列挙し たい。(1) まず大量合成に成功すること。水素吸蔵材料等大量にか つ廉価でなければ実用の道は開かれない。(2) 一つの螺旋度にそろ えて合成すること。この課題に関しては具体的な提案はないが、量 子効果を見るには克服したい課題である。(3) ナノチューブの生成 機構を確立するような実験・理論を与えること。決定的な実験結果 が近い将来でると思われる。(4) ナノチューブの半導体デバイスを 作ること。部品となる現象は見つかっているので、集積回路として どう組んでいくかが課題である。最初のナノチューブ集積回路の原 型を作る時代に入ってきたといえる。そして、(5) 未知の応用を開 発し実現すること。市場にナノチューブの製品が数多くでることが、 科学の直接の発展につながると考えている。21世紀の課題が現実感 をもって語れることを心からの喜びとしたい。多くの人の挑戦によっ てナノチューブの21世紀は驚異の発展を遂げることを確信している。

謝辞: 本稿に関する研究の一部は、文部省科学特定研究費 『フラーレン』の援助による成果である。

[文献] 以下に代表的な本を紹介する。詳しい文献は、特集号の解 説記事の文献等を参考頂きたい。

http://flex.ee.uec.ac.jp/japanese

が著者の研究室の Home Page である。関連するサイトを調べるこ とが出来る。

1) ``Physical Properties of Carbon Nanotube'', R. Saito, G. Dresselhaus and M. S. Dresselhaus, Imperial College Press (1998).
2) ``カーボンナノチューブの基礎'' 齋藤 弥八、坂東 俊治 著、 コロナ社 (1998).
3) ``Carbon Nanotubes: Synthesis, Structure, Properties and Applications'', Eds. M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus and P. Avouris, Springer-Verlag (2001).
4) ``Science and Technology of Carbon Nanotube'', eds. K. Tanaka, T. Yamabe, and K. Fukui, Elesevier Science Ltd, Oxford, UK (1999)
5) ``Science of Fullerenes and Carbon Nanotubes'', M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus and P. C. Eklund, Academic Press, (1995).
6) ``Carbon Nanotubes : Preparation and Properties'', eds T. W. Ebbesen, CRC Press (1997).
7) ``Special Issue of Carbon Nanotubes'', Carbon 33, No. 7 (1995).

図1: ナノチューブの構造。O と A、B と B' を結ぶと(4,2) のナ ノチューブ(本文参照)ができる。
図2: ナノチューブの種類。(a)アームチェア型, (5,5) (b) ジグザ グ型, (9,0) (c) カイラル型 (10,5)


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