電気通信大学 学園だより 第 164 号 pp.12-13 (1998) 無断で引用 を禁ずる。

リスが木から落ちたとき

電子工学科・助教授 齋藤 理一郎


リスは木の上で生活をする。リスは餌となる木の実を求めて木から 木に移動するとき、地面に降りることはない。地面に降りることは 非効率であり、天敵に襲われたとき逃げ場がないからだ。どうする のかというと、リスはジャンプをして木から木に飛び移るのだ。飛 び移る先の枝が葉で見えなくてもいっこうに平気だ。両手両足をいっ ばいに開いて、葉の生い茂る枝にバサッと着地し、やわら枝に爪を たてる。最初から特定の枝をめがけて飛ぶのではない。葉っばにい きおいをあずけ飛ぶので、余裕をもって枝をとらえられる。しかし そうはいってもリスが空を飛ぶのはビルの3階はあろう高さだ。落 ちることはないだろうか? 落ちたらけがぐらいですむだろうか?


そんなことを考えたのは、筆者が1992年にボストンにあるマサチュー セッッ工科大学(MIT)に在外研究で訪米したときであった。家内 と私はMIT のウエストゲートと呼ばれる学内のアパートに住むこと ができた。当時はアメリカは不況の真っ最中で、ボストン市内に安 いアパートがいっばい余っていた。むしろ大学の中のアパートの方 が高かったらしい。MITに到着し、住むところを決めるため学生係 のようなところにいきウエストゲ一トを紹介されたのである。右も 左もわからないものにとって、研究室まで徒歩で行け、スーパーに も近いこのアパートに住むことができたのは幸運だった。MITにとっ ては既に新学期が始まっていただけに空き室を埋めるのに一生懸命 だった。そのため当時ウエストゲートは学生用のアパートというよ りは、外国からの研究者の宿合という感じであった。

我々が住んだのは3階だての3階だった。目の前にはカェデの木が生 い茂っていた。ちょうど紅葉の真っ盛りで、ベランダに出てたくさ ん写真を撮ったことを覚えている。カェデの枝は時々大きくゆれる のが見え、やがてその中からベランダに登場したリスと四季を通じ て遊ぶことになった。前もってバケツにいっぱいどんぐりを集めて おきベランダにやってきた彼らに、どんぐりをあげたものだ。リス はどんぐりを手の中で器用に回し、もしひびを見つけるとその場で 食ベ、ひびがはいっていないと貯食と呼ばれる行為にでる。貯食と は、保存できる食べ物を地面の下や木のくぼみに隠し冬の食料が無 くなったときに取り出して食べる行為である。長く厳しい冬に備え て、リスは自分が記憶できるよりはるかに多くの貯食をする。そし て忘れられてしまった木の実が翌年の春に芽をだすことになるので ある。植物と動物の共生がそこにある。3階にやってくるリスは、 まず枝が仲びている2階のベランダに飛び移り、隣室とのベランダ を仕切る木の塀を登って3階に上ってくる。そして帰りは、3階のベ ランダから近くの木にジャンプして戻るのである。


ボストンの長い冬は厳しい。従って餌を与える我々とリスの間に深 い信頼関係が生まれたことはいうまでもない。われわれがすべての リスの顔をおぽえ名前をつけたのも、長く単調な冬を過ごすことを 考えれば当然と思える。その中で徹ちやんと名付けたリスがとなり のベランダの段ボールの中で子育てを始めた。隣人は中国からの家 族であまりベランダにでない。ベランダを物置代わりに利用してい るようでリスが住むには最適であったに違いない。なにしろその隣 には餌をくれる我々もいるのだから。やがて徹ちやんは注意深く3 匹の子供を私たちのベランダにつれてきた。家内も用心深いリスの ために出入口をあけた箱を用意し、その中でひまわりの種をあげる ことにした。そのころには我々が集めたどんぐりはなくなっていた。 リスにとって身を隠す箱の中で餌が食べられることは、天敵から守 る木能に合うのでますます我々に甘えるようになっていた。子リス 達は餌が無いとガラスサッシの幅の狭いところを伝わって、私たち のいるところまでやってきてガラスをキコキコかいて関心を引こう とするのである。ある日、とうとうガラスのところでふざけていた 一匹が、あっと声をかけるまもなく1階におちてしまった。

1階はドライエリアになっていてコンクリートの面である。ベラン ダにでて下をのぞいてみると、リスが両手両足を広げてくたばって いるように見えた。動く様子はない。一部始終を見ていた親の徹ち やんは、1階におりると子リスのところに近づいた。するとそれま でじっとしていた子リスが、はいつくばるような歩き方で歩き始め たではないか! この歩き方はリスが用心深く地面を歩く時によく見 られるボーズである。すぐに木の中によじ登り哲くじっとしていた が、まもなく他の子リスと遊びだした。その様子を見て初めて、リ スが木から木へジャンプするのは、決して無謀な行為でないことが わかった。

一般に哺乳類の体重と骨格の強度の問には一定の関係(スケーリン グ則)があって、ある体重以下であれば骨格は白分の体重の何倍も の衝撃に耐えうるのだそうだ。その話を「ゾウの時間ネズミの時間」 (本川達雄著、中公新書)という本で知ったのは日本に婦ってから のことである。念の為に言うと私はリスの研究のためMITに行った のではない。当時研究したことは、その後国際的に大きな発展を遂 げ、6年問連続して毎年夏にMITに行くに至っている。1年に4、5回 も海外出張するはめになるとは想像もつかなかった。

最初の年にウエストゲートを去る時、最後まで地面をはってついて きたのは元ちやんであった。我々が最後に元ちやんと言うと尻尾を ぴくんとふってくれた。翌年には元ちやんはもういなかったが、徹 ちやんは子リスとともに私達のかけ声を覚えていて走り奇ってきた。 翌々年には、生まれたばかりの娘をつれていったので、リスとのつ きあいも次第に疎遠になり顔もだんだんわからなくなつていった。


齋藤 理一郎
Riichiro Saito, Dept. of Elec. Eng. Univ. of Elec. Commun., Tokyo 182-8585,
rsaito@ee.uec.ac.jp, http://flex.ee.uec.ac.jp