『カーボンナノチューブの微細技術』 表面科学 2000年 9月 無断引用を禁ずる。

カーボンナノチューブの微細技術

電気通信大学・電子工学科 齋藤 理一郎

最近の1,2年でカーボンナノチューブをとりまく微細技術が急速に進 歩し、それに伴う物性の実験や応用が幅広く展開されている。最近の 量子輸送特性に関する最近の話題を含めてナノチューブを紹介する。

半導体産業への不動の解答

カーボンナノチューブは、直径が約1nm、長さが約 1ミクロンの 円筒形の物質である。中空は真空である。直径と長さの比は1000倍 以上あり『細い糸』と考えることができる。ナノチューブは円筒形 の立体構造として、さまざまな螺旋構造を持つ。この螺旋構造に依 存して、ナノチューブは金属にも半導体にもなるという著しい特徴 を持っている。ナノメートルの領域で内部構造を持ち、かつ立体構 造によって電子状態を変調できることから、量子物性から応用まで 幅広く可能性が提案され、最近の1,2年で次々に実証されてきた。 そして明確な次の目標として次世代半導体がみえてきた。

20世紀後半の半導体技術が単純に進歩すれば、21世紀の半導体技術 はナノメートルの領域に突入する。今日の技術でも100nmの回路の 線幅を持つに至った。例えば最近のPCに『はいっている』集積回路 の一本の幅が180nmだそうだ。したがって今や誰もが考えることで はあるが、次世代素子の回路幅を10nm、1nm の大きさにして集積回 路の集積度を100倍 10000倍にすれば、確実に性能があげコストを 下げることができる。微細加工の達成こそが半導体産業での不動の 解答であり続けてきたのだ。

現在でも収束電子線を極限まで絞ると、1nmのオーダのリソグラフィー による配線が可能である。またそのほかの物理的な手法を用いて 1nmのオーダの量子細線をつくる報告もある。しかし、できた細線 は結晶ではない。また流れる電気伝導現象はバルクの結晶を流れる 伝導現象とは異なった性質をもつ。これに対しナノチューブは、直 径が約1nmであっても構造が正確に定義できる結晶である。したがっ て量子的な電流を理論的に計算でき、検証できるのが大きな利点で ある。

ナノチューブ研究が始まった1991年にこんなことを言っても誰も実 感をもってはいただけなかったのであるが、最近はそうでもなくなっ てきた。一つは、ナノチューブが比較的簡単に入手できること、ま た多くの大学が微細加工が可能な半導体プロセスのできる実験設備 を有するようになってきこと、そして応用研究が急速に実現に向け て動いていること、いずれもが追い風になっている。米国では、ナ ノチューブ研究に巨額の予算が組まれ、日本やヨーロッパとの競争 を強く意識している。また特許を巡り、有力な企業からベンチャー まで広くナノチューブ研究に着手している。莫大な予算と資本が投 下され、最新の技術を当たり前のように使い、ナノチューブの本格 的な開発をする時代がすでに訪れていると申し上げたい。

すそ野が広がるにつれ、なすべきことが指数関数的に増した。今後 も多くの研究者が新規参入して、全く独自の視点で研究に着手され ることが望まれている。著者は、ナノチューブの一般的な紹介をす ることで、読者の興味と新しい発想が生まれることを期待している。 本稿は、ナノチューブの基礎から、特に輸送現象の最新の話題を紹 介する。あまり式も図も無く『お話』に近いこと、比較的身近な人 との研究を中心に構成するので話題が偏っていること、などをあら かじめご承知いただければ幸である。より広く深く知りたい方には、 基本文献や広く使われている ナノチューブ関連 Web サイトを参考 にしていただきたい。

ナノチューブの立体構造の定義

ナノチューブは、グラファイト1層の蜂の巣(六方)格子(図1)を丸め てつくられたものである。丸めるだけで任意の螺旋構造(図2)がで きることを想像するのは容易ではない。しかし次のように説明する と多くの方が納得されるようである。

円筒形の紙に蜂の巣格子の模様が描かれたとして話を始める。まず 円筒面の格子点を1つを選択する。その点から円筒面の赤道にそっ て線を引き1周すれば、元の点に戻る。次にこの点から赤道と垂直 に線(以下子午線と呼ぶ)を引き子午線でハサミをいれ、円筒面を平 面に広げると、次のことがわかる。(1) 赤道と子午線は垂直であるこ と、(2)赤道は、紙の両側の等価な2つの格子点を結ぶ直線になるこ と、したがって(3)子午線はこの等価な2つの点からでた平行線にな る。等価な格子点からでた2本の平行線は、蜂の巣格子の各辺と等 価な位置で交わる。それがもとの蜂の巣模様が重なる条件である。

逆に蜂の巣格子の任意の等価な2点(図1のOとA)を結び赤道とし て定めると、子午線の切り方は一意に定まり、切口(OBとAB')で蜂 の巣模様がなめらかにつながる。したがって螺旋構造を、赤道に相 当する格子ベクトルOAで一意に定めることができる。このベクトル のことを以下カイラルベクトルと呼ぶ。カイラルベクトル Ch は、基本格子ベクトル a_1, a_2 の線形結合で 表され、 Ch= na1 + ma2 = (n,m) と二つの整数で表すことができる。図2 にいくつかのナ ノチューブの実際の立体構造と、閉じている端のキャプを示す。チュー ブの直径は、赤道の長さChを πで割って得られる。 また螺旋角θ(図1)を、tanθ = √3 m/(2n + m)で定 義する。このように立体構造の全てを (n,m) で決定できる。ナノ チューブには、整数の組み合わせの数だけ異なる立体構造が存在す る。この事実は STM の実験で直接観察できる。

金属か半導体であること

ナノチューブを円筒に丸めるということは、赤道方向に周期境界条 件を課すことである。したがって赤道方向に対応する波数が離散的 になる。一方ナノチューブの軸方向は連続的な波数をもち、電子状 態は1次元エネルギーバンドの集まりになる。1次元エネルギーバン ドは波数空間で2次元グラファイトのエネルギー分散関係を、ナノ チューブ軸方向の波数ベクトルに平行かつ等間隔で切ることで得ら れる。

切られる前の2次元グラファイトのエネルギーバンドは、非常に特 殊である。図3にグラファイトの価電子であるパイ電子の2次元エネ ルギーバンドを立体的に表示した。下半分が価電子帯、上半分が伝 導帯である。2次元グラファイトは6角形のブリルアン領域の角にあ るK点で接するゼロギャップ半導体になる。

さて半径の逆数で輪切りにしたときに、切口がK点を通る場合と 通らない場合があり、それぞれ金属または半導体になる。金属の場 合、フェルミエネルギーをよぎるバンドが波数 kに関して線形な ので、1次元のナノチューブの場合には有限の状態密度を持つ。一 方2次元グラファイトもフェルミエネルギーで線形分散をもつが、 状態密度はフェルミエネルギーで0になる。このようにナノチュー ブが金属であるためには、1次元性が必要である。

計算によると カイラルベクトル (n,m)n-m が 3 の倍数のときは金属で、3 の倍数でない場合には 半導体になる。 例えば (9,0), (10,10), (11,2) は金属であるが、(10,0), (11,3), (11,4)は半導体になる。半導体の場合にも、必ず切った2 つの面の 3 等分点にK点がくるので、ギャップの大きさは 2 つの 切口の間隔に比例、即ち半径に反比例する。実際には、ギャップを ほぼ連続的に1eV から0eV まで変えることができる。

半径の異なるナノチューブを用いることで、電子状態のパラメータ を制御できることがナノメートルの世界で電気回路を作るのに必要 なことである。またナノチューブの有効質量は線形分散を反映して 0に近い。散乱が少ないので電流密度の許容最大値が大きい。例え ばシリコンの電流密度の許容最大値は、 106A/cm2程度である。これ以上電気を流す とマイグレーションがおき回路が壊れる。ナノチューブは 109A/cm2ぐらい流せることが最近の実験で 報告されている。したがってすぐできる応用として、集積回路内の 「送電線」にすることが考えられている。

共鳴トンネル効果と量子コンダクタンス

ナノチューブの電気伝導を測定する初期の方法は、あらかじめ電極 を作り、その上にナノチューブをばらまくものであった。1997 年 にDekkerらは、偶然に3つの電極の上にのった直径1.4nmの単層ナノ チューブの電気伝導の測定を行った。両端の電極にバイアス電圧を かけ、真ん中のゲート電圧を変化させると、特定のゲート電圧で電 流が流れる。これは(1)両端の電極の間のナノチューブが一種の量 子井戸を作りチューブ軸方向の電子状態が離散的になること、さら に(2)離散準位を通じて両端の電極間に共鳴トンネル電流が流れる ことで説明できる。

ここでバイアス電圧によって生じる両端の電極の化学ポテンシャ ルに差が生じ、一方の電極には電子があり、他方には電子が無いよ うなエネルギー領域、すなわちバイアス窓が生じる。共鳴トンネル 電流は離散準位がバイアス窓にある場合に流れる。また、ナノチュー ブを静電容量Cのキャパシタと考えると、電子の電荷によって静電 エネルギーがe2/2C変化する。離散準位が電子自身の電荷によって バイアス窓をはみ出る場合には電流が流れなくなる。この効果はクー ロンブロッケード効果と呼ばれ、k_B T よりエネルギー変化e2/2C が大きいこと、すなわち低温で観測される。また、系の抵抗をRと すると、時定数RCから期待される不確定性関係のエネルギー h/RC より e2/2C が大きいことも条件である。後者の条件は R>1/G0 と書き換えることができる。ここでG0 は、量子化された コンダクタンスの値G0 = 2e2/hである。

Dekkerらのナノチューブは、Rの大きな系であるので、温度を 110mKの低温にしても、コンダクタンス(I/V)の値はG0 = 2e2/hの数パーセントであり、この手法による単層ナノチューブ の電気伝導では量子化伝導を得ることができなかった。その原因は 電極との接触抵抗、または基盤との相互作用と考えられている。量 子コンダクタンスの逆数に相当する抵抗は 12.9kΩ なので、 これより遥かに大きな接触抵抗の場合にはナノチューブの量子コン ダクタンスの評価が難しい。したがって、現在では半導体プロセス 技術によって電極の改良と、基盤からナノチューブを浮かせて配線 することが試みられている。

一方1998年 Frankらは、もっと半径の大きい多層ナノチューブの片 方を金属電極につけ、もう片方を水銀に浸して電流を測定し、常温 で量子化コンダクタンスの値 G0 を得た。この実験では、ナノ チューブを水銀につけたり離したりして、コンダクタンスがG0 と 0を往復することを確認している。しかし金属ナノチューブのフェ ルミエネルギーには、K点と等価なK’点からくる2つの伝導チャ ンネルがあり、理想的な系ではコンダクタンスの値は2G0になら なければならない。実験結果がその半分の値G0であること、さ らに実験の詳細をみると、さらにその半分のG0/2 の値の領域が あることなど、その解釈に関して多くの理論的なモデルが提唱され ているが、まだ決着がついていない。

時間反転対称性と後方散乱の消失

多くのモデルのうち、どれが実際の実験結果を説明しているか、今 後の進展を待たなければならないが、理論的な結果の中で注目され るのは1998年の中西らの点欠陥をもつナノチューブのコンダクタン スの計算結果である。これはカーボンナノチューブの立体構造から 炭素原子を1個取り去り、ランダウワー公式によってコンダクタン スを計算すると、半分のG0を与えるというものである。さらに もう1個炭素原子を取り去るとコンダクタンスは、0になる場合と 2G0になる場合があることがわかっている。

1999年に伊神らは、非常に多くの点欠陥のパターンに関してコンダ クタンスを計算し、2G0、G0、0 の3つのいずれかになること を示し、さらに1999年に安藤らはその数学的な裏付けをした。もと もと2つ伝導経路があることから、そのうちの1つもしくは2つが失 われる場合、コンダクタンスがそれぞれ G0、0 になるのは予想 がつくが、特殊な散乱体の場合にはコンダクタンスが散乱体が無い 場合と同じ2G0と言うのは透明人間のようで不気味だ。

この答えとして1998年に中西らは 電子波の干渉効果によって後 方散乱の消失することを見いだした。散乱体がナノチューブの2つ の副格子間の対称性を壊さないのであるならば、時間反転対称性を もつ2つの反射波の対(後方散乱にだけ存在する経路、例えば k →k_1 → k_2 → -kk → - k_2 → -k_1 → -k )の散乱 振幅が干渉によって相殺されるのである。ちょうど騒音を消すため に、騒音と逆位相の音を発生する方法と同じ考えである。この機構 はグラファイトの電子状態の特殊性によるもので、グラファイトの 場合にもおこっている。しかし2 次元での散乱は後方散乱だけ消失 しても残りの全ての方向の散乱は生き残るので、実験で観測できる ような結果をもたらさない。しかしナノチューブの場合には1 次元 であり、前方散乱と後方散乱しかないので、後方散乱の消失は無散 乱と同じ意味を持っている。無散乱といっても超伝導であるわけで はない。散乱体があっても弾道輸送が可能であることを意味してい る。

一般の金属では、時間反転対称な後方散乱の対は同じ位相をもち強 めあうこと(後方散乱効果)が知られている。これがアンダーソン局 在の基本原理であり、また気象レーダが雲を捉える原理となってい る。グラファイトでは、後方散乱の対が逆位相をもつ。詳細は一切 省略するが、1998 年に安藤らはこの πだけの余分な位相のずれ は、K点の回りの波動関数の幾何学的位相によるものであり、 1985年に Berryが指摘した位相であることを示した。

ナノチューブの接合系、弾道輸送

半径や螺旋度の異なる2つのナノチューブをつなげると、金属-半導 体、金属-金属、半導体-半導体のジャンクションができる。1998年 に著者らは、このジャンクションは、2つの蜂の巣格子の6角形の中 に5角形と7角形を1組おりこむことで一意につなぐことができるこ とを示した。5角形と7角形の存在によって半径を狭めたり広げたり することができるのである。金属-半導体接合はショットキー接合 にほかならない。半導体-半導体接合は一般にエネルギーギャップ が異なるためヘテロ接合系になる。金属-金属接合系は、フェルミ エネルギーの位置がナノチューブで共通なので、滑らかな電気伝導 が期待できるが、おもしろいことにフェルミエネルギーでの波動関 数の対称性が異なると、2つのチューブの接合部で全反射がおこる。 1996年Louie らは(n,n)のアームチェア型のナノチューブと (m,0)型のジグザグ型のナノチューブ(図2参照)は、ともに軸を通 る鏡映面をもつ対称性があるが、このフェルミエネルギーの波動関 数は軸の周りの量子数が異なるため全反射がおこることを示した。

この他の一般の接合形では、部分的に反射することが知られている。 1997年に田村らは、接合系でのコンダクタンスは半径の比の3乗に 反比例することを解析的に示した。また1999 年にLouieらは片方の ナノチューブに欠陥があると、整流作用が現れることを理論的に示 している。また実験でも1999年にYaoらが整流作用のあるナノチユー ブ(ダイオード)を報告した。現実にはジャンクションをもつナノチュー ブは偶然の産物であるが、ナノテクノロジーが進展するにつれ人工 的に接合系を作る技術も生まれてくることであろう。

このほか最近の実験では、2000 年にReuletらはナノチューブを2つ の超伝導体ではさむS-N-S系を作り、超伝導体電極存在したクーパ 対が常伝導体であるナノチューブを通り抜ける現象を報告した。 2000 年に針ヶ谷はナノチューブはクーパ対に対しても後方散乱が 起きにくいことを示した。また 1999年に塚越らはナノチューブを2 つの強磁性体ではさみ電気伝導を測ると、電子のスピンの向きが保 存してナノチューブのなかを流れるので、両側の強磁性体の磁化の 向きをそろえると電流が流れるが、反対向きにすると電流が流れに くくなる現象を実験で報告した。いずれも電子の弾道伝導による現 象であると理解できる。さらに、1999年にAvourisらは、ナノチュー ブを十字やループ状にに重ねた接合部での電気伝導の実験が行い、 接合部でのコンダクタンスは、0.3G0 程度であるという報告を した。立体的なナノチューブの回路をつくる時には、考えやすい接 合系である。

磁気抵抗効果、AB効果

ナノチューブが金属または半導体になることは量子効果であるので、 磁場によって波数を変調させて、この状態を相互に変えることがで きる。実際ナノチューブの中空の部分に、ナノチューブの軸に平行 に磁場をかけると、ナノチューブ面に磁場がかかっていなくても、 ベクトルポテンシャルの影響を受けて、赤道を回る電子の波数に磁 場の効果が加わる。このことは1993年に安喰らがナノチューブのア ハロノフ・ボーム(AB)効果として指摘した。実際1999年に藤原らま たBatchtoldらは、金属ナノチューブに量子磁束の半分の大きさの 磁場を加えると、エネルギーギャップが最大になり、半導体になり、 また半導体ナノチューブは螺旋度に応じて、量子磁束の1/3または 2/3の磁場で金属になることを、電気抵抗の磁場変化を測定するこ とで示した。STSや光吸収によってもこの変化が見られると考えら れていて、現在精力的に研究がなされている。

また後方散乱も磁場によって時間反転対称がやぶられるので現れるこ とが知られている。したがって純粋なナノチューブにおいては、巨大 磁気抵抗が起ると期待されている。

電子電子、及び電子格子相互作用

高速道路で車の数がある程度以上多くなると渋滞が始まる。ナノチュー ブでも電子が 1 個以上流れると、電流は電子電子相互作用によっ て支配されるようになる。この場合には電子のエネルギー分布はフェ ルミ分布にならず、特にフェルミエネルギー付近の電子の占有の状 態が相互作用の大きさ程度にぼける。このような電子は朝永ラッティ ンジャー流体と呼ばれ、電気伝導度が温度に対してべき的な振る舞 いをすることが知られている。1999 年にYaoらはこの指数の大きさ から電子電子相互作用の値が見積り、ナノチューブの電気伝導は低 温でラッティンジャー流体的であることが実験で指摘した。一方多 層ナノチューブや、チューブの束(ロープ)の場合にはチューブ間の 相互作用もあり、状況はなかなか一筋縄ではいかないようである。

電気伝導を決めるもう一つの要因として、フォノンによる非弾性散 乱がある。1997年にKaneら、さらに1999年に鈴浦らは4 つある音響 フォノンに対して電子格子相互作用の大きさを調べ、ナノチューブ をねじるツイストンと呼ばれる音響フォノンだけが電子と相互作用 することを示した。これらは、電子状態の対称性による効果であり 磁場によって変調が可能であるからこの点に関しても実験で検証さ れることが期待されている。

最近の応用の話題

最後に電気伝導以外の話題に触れたい。ナノチューブ陰極は、ヒー タを用いずに電子を放出する電界放出型ディスプレイとして最も性 能が優れている。低電圧(200V以下)で電子を放出できる冷陰極フラッ トディスプレイパネルは、1998年に齋藤(三重大)と上村(伊勢電子 工業)らによって報告がある。1999年に韓国のサムソンの企業グルー プは、9.5インチ ディスプレイを発表、著者もカラー動画をこの目 で確認してきた。実用に障害になる技術はもうなく、まもなく生産 ラインにのるものと考えられる。

この他1999年中山らはナノチューブを STMの探針としてつける技術 を報告、1999年Chenらは、ナノチューブ中に水素を液体水素以上の 密度で吸蔵して水素自動車の燃料にする報告、1999年Fischerらは ナノチューブ二次電池を開発する報告、1999年湯村らのナノチュー ブ大量合成の報告、また 1999年ボーマンらの電解液中のナノチュー ブの伸縮を利用した人工筋肉の報告など、話題にいとまがない。さ らに、これらを支えるナノテクノロジー(ナノチューブを切ったり、 つなげたり)もノースカロライナ・チャペルヒル大学、企業(1999年 Zyvex社)とも急速に進歩した報告がある。関連する文献をあげたら このパラグラフだけの話題でも紙面を埋めるには十分な数になる。 そのうちの大半は、この1,2年で新規参入したグループであり、ナ ノチューブの分野の活気を肌で感じている昨今である。

おわりに

1999年にチェスの世界チャンピオンがディープブルーと呼ばれるコ ンピュータに挑み、引き分けを含み10日間にも及ぶ熱戦をくりかえ すのうちに、次第にコンピュータのそこ知れない発想に『恐ろしさ』 を感じ、ついに負けてしまったそうである。力はほぼ互角。チェス に関しては脳の処理能力に匹敵する機械に、ありもしない『心』を 感じたことが『敗因』であるとは興味深い。21世紀の半ばになれば 人間の脳と同じ規模をもつ神経回路が電子的に作りだされ、『心』 と呼べる一般的な判断能力をもつ計算機(ロボット)が出現すること になろう。そのとき初めて、バイオテクノロジー並の『倫理』すな わち『ロボットの倫理』が問われることになろう。少なくてもそれ までは半導体技術は人類を幸せにする科学として、ナノチューブと ともに、坂を下る自転車のように快適に加速度的に進展していくも のと希望している。

謝辞: 本稿に関する研究の一部は、文部省科学研究費『フラーレン ナノチューブネットワーク』の援助による成果である。

[文献] 以下に代表的な本と関連する解説を紹介する。詳しい文献 は、解説記事の文献, Web等を参考されたい。

1) ``Physical Properties of Carbon Nanotube'', R. Saito, G. Dresselhaus and M. S. Dresselhaus, Imperial College Press (1998).
2) ``カーボンナノチューブの基礎'' 齋藤 弥八、坂東 俊治 著、 コロナ社 (1998).
3) ``Science of Fullerenes and Carbon Nanotubes'', M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus and P. C. Eklund, Academic Press, (1995).
4) ``Carbon Nanotubes as Molecular Quantum Wire'' C. Dekker, Physics. Today. May (1999): ``Carbon Nanotubes'' M. S. Dresselhaus et al. Physics World, 11, 33 (1998). 5) ``カーボンナノチューブの電気伝導'' 中西 毅、安藤 恒也、日 本物理学会誌 Vol.54 No.8 (1999): ``電気伝導の理論'' 川畑 有 郷、日本物理学会誌 Vol.55 No.4 (2000).
6) ``カーボンナノチューブの挑む技術'' 齋藤 理一郎, 真空 Vol. 42, p711 (1999): この他に齋藤の解説として、季刊フラーレ ン Vol.7 No.4 (1999), 化学工業 Vol. 50 No. 1, p34 (1999) な どがある。http://flex.ee.uec.ac.jp/kaken98


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