『化学工業』 vol. 50 No. 1 pp34-41 (1999) より転載。無断引用及びリンクを禁ず
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カーボンナノチューブ -- 新材料としての価値 --

齋藤 理一郎

要旨: 新しい炭素材料として注目を浴びているカーボンナノチュー ブとは何か、また新材料としてのカーボンナノチューブの価値はど こにあるのか? 最近の基礎研究の成果から、応用に向けた戦略を紹 介する。

1. カーボンファイバーの大吟醸

カーボンナノチューブとは? :

最近、新聞にも良く話題になるので、 カーボンナノチューブの名 前をご存知のかたも多いことであろう。直径が約 1nm (10 億分の 1m) 長さ 1μm (100 万分の 1m) の炭素原子だけでできた円筒状の 物質である(図1)。

カーボンファイバーとの違い:

カーボンファイバーと何が違うのか? という質問を良く受けるので、 この質問にまずお答えする。カーボンファイバーは、黒鉛(グラファ イト)の層が年輪のように数百、数千層にも巻き付いた同心円筒状 の物質である。お菓子ならバームクーヘンだ。工業材料として今や 年間 1 万トンを越える工業材料に急成長したカーボンファイバー と、まだ実験室で『みみかきに一杯』程度しかできないのカーボン ナノチューブとの違いは、実はその大きさ(細さ、長さ)だけである。 細さが1000 分の 1 倍、体積にすればその 3 乗の 10 億分の 1 倍 も違う。したがって 1 万トンのカーボンファイバーと 10g のカー ボンナノチューブは驚くべき事に『同じ本数』という計算になる。 これぐらい大きさが異なると、なかなか『よっ、兄弟』というわけ にはいかない。

層状物質である黒鉛の層と層の間は、3.4 Åなので髪の毛ぐらいの 太さにするには沢山の層が必要だが、カーボンナノチューブでは黒 鉛の層がたった 1 層か、多層の場合でも数層程度しかない。カー ボンナノチューブはカーボンファイバーのもっとも内側の芯の部分 である、と考えると分かりやすい。日本酒の製法に、米を大胆に削 り中心部分のみを使った大吟醸があるが、カーボンナノチューブは カーボンファイバーの大吟醸のようなものなのだ。もっとも実際の ナノチューブは、米を削るように芯を取り出すのではない。芯だけ 作る方法がある。製法の詳細は、重要なので次の 2 章で紹介する。

ミクロとマクロ:

さて鋼鉄のワイヤーよりも数倍強いカーボンファイバーは、その引っ 張り強度と軽さが『売り』であり、現在鉄筋コンクリートの中にい れる補強材料としてテレビの CM にも現れるほど人気ものになった。 そのCMを筆者はたまたま寝ころんで拝見したのであるが、思わず起 き上がり大変感激した。駆け出しの頃から応援した歌手がアイドル として登場したかのような驚きと嬉しさがあった。

このようにマクロな大きさのカーボンファイバーは、マクロな大き さの社会にインパクトを与えた。これに対しミクロなカーボンナノ チューブは、ミクロな世界を拓(ひら)く材料なのである。大きさが 飛び抜けて小さいことは、それだけで意味をもつ。さらに大きさが 異なれば、かかわっている物理現象が異なるのである。筆者らが計 算した結果には、驚くべき事実があった。ミクロな道具として理論 的に予想された新しい価値とは何か? これを 3 章で紹介する。

この解説の焦点とおことわり:

カーボンナノチューブの科学は、多くの驚くべき発見によって数年 のうちに飛躍的に進歩した。しかし材料として『アイドル』になる ためには、この新しい材料を工業として大量に作る技術が必要であ り、他の研究分野からの新しい挑戦と企業の組織的技術力の新規参 入が望まれる。その呼び水として、ナノチューブの魅力を余すとこ ろ無く紹介するのが、本稿のねらいである。

あらかじめお断りしたいのは筆者のバックグラウンドは、基礎研究 であり理論であり読者の興味とは若干異なるであろう。しかし筆者 のテリトリーの話は本稿ではあまり深いりしない。更に興味を持た れる方は、最近大変良い教科書がでたのでそれを参考にしていただ きたい。

一つは手前味噌ではあるが、筆者らの書いた本で、新しくこの世界 に入るための入門書である。もう一つは、齋藤(三重大)と坂東(名 城大)の書かれた教科書で新しく実験をする人に最適である。前者 の本は理論の詳しい洋書、後者の本は実験の詳しい和書であり、お 互い内容は網羅しているが、それぞれの筆者の特徴が良く出た内容 になっている。

本号は『化学と工業』50年を飾る記念の号でもあり、新年をかざる 内容でもあるので、拙書のなかで説明できなかった夢を、筆者の独 断に満ちた視点と語ることをお許し願いたい。

2. 火炎地獄 -- カーボンナノチューブの製法 --

閻魔様になるための条件:

閻魔様のいる地獄の中でもっとも恐れられているのが、灼熱の炎に よってあぶられる火炎地獄である。カーボンナノチューブはこの火 炎地獄のような高温(摂氏 1000 度以上)で生成される。炭素の化学 結合を切るためにはいたしかたない。炭素間の結合が強いのは、ダ イヤモンドやカーボンファイバーでは周知の事実であり、この結合 を切り、つなぎ直す反応には高温が必要である。工業的に大量に合 成するためには、まずこの高温を作るエネルギーが不可欠だ。

しかし高温中で材料を長い時間保ってはならない。長く保つと安定 な黒鉛結晶が成長し、ナノチューブにはならないからだ。ナノチュー ブの製法には、その準安定な構造を作るような温度の勾配と高温を 保つ適当な時間が必要なようである。経験によるとその温度とその 保持時間は、摂氏 1200 度程度、10 μ秒程度であるとされている。 この条件であると、カーボンナノチューブが1 μm 程度の長さに成 長する。その正確な条件は以下の各種の生成方法に依存する。いず れの場合にも、ナノチューブがこの条件でどうやってできるかはわ かっていない。生成機構は、おおくのモデルが提案されているが、 依然神秘に包まれている。

アーク法:

生成機構がわからなくても、ものはできる。ナノチューブ作成法の 代表がアーク法である(図2)。乾電池の芯に使う程度の大きさの炭 素棒を電極として用意し、 2 つの電極を 1 mm程度離す。500 Torr の He ガス中で 電極間に 100A 程度の電流を流すと、高温の状態 が発生し電極間が光る。いわゆるアーク光である。アーク放電によっ て陽極の炭素棒が削られ、陰極の炭素棒に堆積物が生じる。この陰 極堆積物を電子顕微鏡で観察すると、多くの煤(すす)等の炭素に混 じってカーボンナノチューブが存在するのだ。このアークを用いた 生成法はカーボンナノチューブが発見される前に、炭素原子が 60 個サッカーボール上の分子(C60, フラーレンと呼ばれる)を生成す る時にも広く用いられていた。C60 は飛び散った煤のなかにあり陰 極堆積物の中にはなかった。電子顕微鏡で陰極堆積物を電子顕微鏡 で観察しカーボンナノチューブの存在を最初に示したのは、飯島 (NEC 基礎研)である。飯島はその後も電子顕微鏡による多くの写真 でこの世界を魅了し、多くの研究者を引き込んだ。

単層カーボンナノチューブを作るための触媒:

次に実験家らは、炭素棒の中心に穴を開けそこに遷移金属である 鉄、ニッケル 等の遷移金属や希土類金属を仕込んでアークを飛ば した。これは、気相成長法によるカーボンファイバーの生成がヒン トにある。信州大の遠藤教授らが開発した、いわゆる遠藤ファイバー では、高温のメタンガスに鉄の微粒子を飛ばすと均質なファイバー が連続的に生成可能だ。この場合、鉄が触媒になる。鉄と炭素は相 性が良いのだ。触媒反応を期待して、金属を仕込んだ炭素棒でアー クを飛ばすと、黒鉛の層が1層だけの 単層カーボンナノチューブ (Single Wall Carbon Nanotube) ができた。齋藤(三重大)、阿知波・ 片浦(都立大)ら多くのグループは、触媒や温度等の条件を変え、ナ ノチューブの半径を意図的に変えることに成功し、多くの種類のナ ノチューブができるようになった。

筆者らの理論家が実験に先駆けて計算したのは、 この単層ナノチュー ブだった。半径の異なる単層ナノチューブを使って多くの物性測定 が可能になり、理論の検証が次々となされたのだ。

レーザーアブレーション法:

さらにこの触媒をすりこんだ黒鉛の棒に強力なレーザーをぶつけて ナノチューブを作る方法もライス大のスモーレイらによって考案さ れた。レーザーアブレーション法である。現在は、アーク法とレー ザーアブレーション法がナノチューブを作る代表的な方法だ。レー ザーアブレーション法の利点は、黒鉛から飛び出す炭素クラスター の温度(3000 度以上)とナノチューブに成長する時の温度(1200 度) を別々に制御することができる。空間的に黒鉛の棒から離れたガラ ス管の中で反応させているからであり、ガス圧とヒーターによる温 度調節によって、生成の制御ができるようになった。この反応管で 何が起こっているか超高速度写真で撮影する試みが、阿知波(都立 大)によって行われている。

精製をするための溶媒が無い:

現在ナノチューブを工業的に大量に合成するのにはいくつかの問題 点がある。その一つが精製法だ。 C60 のようなフラーレンだと、 ベンゼン等の有機溶媒に溶けるので、分離精製は比較的簡単だ。し かしナノチューブは何にも溶けない。したがって、ナノチューブの 周りについている微小な煤でさえ、溶媒を使っては分離できない。

再び地獄の責苦:

Ebbsen(NEC 基礎研)が考えた方法は、酸素雰囲気中で燃やすことで あった。あまり過激にやってしまうと、全て二酸化炭素になってし まうので注意が必要であるが、適当な条件で焼くと欠陥(五員環)が 多いフラーレンや煤が先に無くなってしまうのだ。長時間燃やせば 燃やす程、ナノチューブの割合が大きくなるが、ナノチューブの重 量も減ってしまうので、欠陥の多い煤などを取り除く前処理として いろいろな方法が提案されている。

安藤(名城大)は水素中のアーク放電することによって、炭素微粒子 を炭化水素にして除いた。また坂東(名城大)は、界面活性剤中超音 波分散を行ない、また比重の違いを利用して遠心分離機で分離する 処理などを提案している。さらに沸騰した水のなかでぐつぐつ煮た り、触媒の除去には塩酸や硫酸が使われたり、非常に多くの方法が 存在する。

こんなにやってもまだロープ:

このようにして精製したナノチューブの電子顕微鏡写真は、ナノチュー ブだけのように見える。しかし、低解像度の電子顕微鏡写真で見え る写真の1本1本は、さらに細いナノチューブ同士が複雑に絡み合っ た状態になのだ(図3)。それをロープ(rope)と呼ぶ。ロープとは、 単層のナノチューブが 30 本ぐらい束になったものである。電子顕 微鏡で見る限り、半径の大きさがかなり揃った単層ナノチューブの 集まりである。Rao(ケンタッキー大)、粕谷(東北大)、片浦(都立大) らはそれぞれ独自の精製法によって得られた、ナノチューブのラマ ン測定を行なった。

大量合成するには:

大量合成をするには、現在実験室で行われている方法とは別の方法 を考えない限り連続的に作ることはできない。そのもっとも有力な 方法と考えられているのが、気相合成によって作る方法である。遠 藤(信州大)らは、遠藤ファイバーの気相合成装置において材料のベ ンゼン濃度を小さくすることで、ナノチューブを合成した。がまだ ナノチューブだけを大量に生成するにはいたっていない。

最近注目しているのは、大阪ガスがおこなった新聞発表である。詳 細は良く分からないが、フッ素(F)系炭化水素を電気還元し、さら に電子線を照射するプロセスだそうだ。これで大量合成( 1 kg / 週)が可能になったと報告している。進展に期待したい。

新しい方法への挑戦:

また、湯村(物質研)らは、独創的な方法で化学的に多層ナノチュー ブを合成する方法を開発した。また椿(ファインセラミックセンター) は、SiC の単結晶を高温(摂氏 1500-2000 度、30分)で焼いて Si を飛ばすと向きのそろったナノチューブができることを見出した。 さらに京谷(東北大)は多孔質アルミナ膜の細孔を鋳型とし、その内 壁に CVD 法で炭素を吹き付け、鋳型を化学的に溶かして均質な半 径のチューブを作るという鋳型法を開発した。高柳(東工大)らは、 黒鉛に STM の tip を付け電流を流しながら引き上げるとチューブ ができると報告した。いずれの独創的な研究も、日本のものである ことを誇りとしたい。日本は、生成法において世界をリードしてい るのだ。しかし得られたチューブの半径がまだかなり大きく、また 多くは多層チューブである。今後多層ナノチューブを積極的に用い た実験が期待される。

3. 一寸法師の針 -- ミクロな道具だて --

太さで性格が変わるナノチューブ :

次に、できたナノチューブのミクロな性質についてお話しする。こ んなに生成が難しいナノチューブを多くの研究者が作って何をしよ うというのであろうか? 何がこんなに研究者を駆り立てるのか?

ここで筆者らの理論家(や)の提案した『怪しげな』結果が登場する。 『怪しげな』結果とは、ナノチューブの半径を変えると、金属にも 半導体にもなるという計算結果である。ある大きさのナノチューブ が金属だとすると、それより少し大きい(または少し小さい)ナノチュー ブは半導体になるのだ。その現れる頻度は 金属:半導体=1:2 であ り、半径の大きさを少しずつかえると、金属と半導体が一定の規則 で現れる。この効果は不純物などは一切不要の、純粋に量子効果に よるものである。量子効果だけによって、金属にも半導体にもなる 現象は、いままでになかった現象である。この謎解きには、若干の 式と説明が必要であるが、文献に譲ることにする。理論計算の説明 は、拙書や多くの解説に詳しい。最初に『怪しげな』と書いたが、 その後実験で検証され、誰もが認める事実になっている。

1/3 則で広がる半導体の世界:

この量子効果は、金属が全体の 1/3 現れるので、『1/3 則』と呼 んでいる。この効果によって、ナノメートルの大きさの領域で金属 半導体デバイスを作ることが原理的に可能になった。従来の半導体 の不純物による pn 接合では、不純物のまわりに不純物準位を作る ための空間が必要であった。また、加工技術の進歩があったが、半 導体の微細構造の下限は 100 nm であろう。ナノチューブの半径は この 100 分の 1であり、半導体の大きさの下限に対するブレーク スルーとなった。

金属と半導体の組合せでいろいろなデバイスを作ることができる。 例えば、金属と半導体のチューブからなる多層チューブを作れば、 同芯円筒のキャパシター(メモリー)ができる。金属と半導体を接合 すれば、炭素だけからなる完全なショットキー接合(金属と半導体 の接合)が可能だ。不純物を利用しないので、高温でも安定に存在 することが可能であり、何よりも小さいことを利用して、集積度を 飛躍的に高めることが期待できる。

ワインの瓶 4 本分のナノチューブがあれば:

米国の著名な物理学者である コーエン教授の講演会を先日聞く機 会があった。その講演で紹介した文を引用すれば、『ワインの瓶4 本分のナノチューブがあれば、人類史上の全ての情報を格納するこ とができる』だそうである。この話の文献と計算の根拠を聞き逃し たが、ナノチューブで作るメモリーはそれほど、多くの情報量を蓄 えることができるという意味で興味深く、筆者の脳裏に焼き付いた。

1999 年の目標はナノチューブを使ったデバイスを誰が最初に作り 示すか? なのだ。原理がわかっていてもその実現は難しい。可視光 の波長の 100 分の 1 の太さをどうやってつかむと言うのであろう か? また、どうやって集積回路を作ろるというのであろうか?

途方もない要求:

一寸法師の針も、一寸法師がいたからこそ針が武器になり、箸がか いになり、椀が船になった。不幸にして、ナノチューブを金属の棒 として扱える一寸法師がまだいない。ナノメータの半径のものを、 操作型トンネル顕微鏡(STM)で見るのが精いっぱいだ。これをつま んだり、切ったり、電極をつけたりする技術は、『21 世紀への挑 戦』に他ならない要求なのだ。

1 マイクロメートルの世界で積み上げて来た、シリコンの微細加工 技術でナノチューブを操作しようとすることは、ショベルカーでラー メンを食べるようなものである。どんな新しい方法が生み出される か正直な処、筆者の想像を越える。その意味で革新的な視点、裏づ けされた技術力が問われている。ナノチューブの『切り貼り』(Cut and Paste) ができた者が、ナノチューブを人類の財産とし シリコ ンバレーならぬ、カーボンバレーの勝者となるのである。

達人の世界:

しかし世の中にはショベルカーで卵をわっって見せたりする達人が いるように、現在の技術レベルを巧みに使って他を圧倒する実験家 がいるものである。単層ナノチューブを取り扱うことができる卓越 した技術を持つ研究者は、デッカー(デルフト大)である。単電子デ バイスでも、有名な研究所を有するデルフト大のグループは、驚く べきことにSTM の針を利用して、ナノチューブを切るという技も見 せてくれた。デッカー教授は長身の若手研究者であるが、まさにナ ノチューブ界の現在の一寸法師なのだ。

もう少し大きめの多層ナノチューブを使っての実験となると、各国 の実験グループの報告があり、その他のグループも追従を目指し発 表が多い。ナノチューブの研究で常に先頭を切って来た日本が、こ の分野で先をとられたのは大変悔しい思いがするが、まだまだ挑戦 は始まったばかりなので、手先の器用な日本が巻き返しをはかるの は、当然のことである。

もちろん時間的には、多層ナノチューブの実験が先に行わている。 ヘレマン(ゼネラルモータース)らのグループは、溶液中に多層ナノ チューブを分散させ、微細加工して作った金電極の上にばらまいた。 沢山ある電極に丸木橋をかけるように、たまたまのったチューブを 測定しようというものだ。現在もこれ以外の方法で電極をつけたと いうような報告を聞いていない。大真面目な手法なのである。多く もなく少なくもなく、平均して 1 個ぐらいチューブが電極にのる ような濃さにして、均質に分散させるように巻く必要がある。根気 のいる作業であり、和紙の紙漉きの技術を彷彿させる。

エネルギーギャップが可変。太陽電池への可能性:

上記のばらまき法で電極にのったナノチューブが、金属か半導体か はエネルギーギャップの測定でわかる。操作型トンネル分光(STS) で測ってみると、半導体型のナノチューブは理論で予想したとり、 エネルギーギャップはナノチューブの半径が大きくなると、半径に 反比例して小さくなった。すなわち、ナノチューブの大きさを自由 に変化できれば、エネルギーギャップの大きさを約1eV から 0 eV まで自由に変化させることができるのだ。従来の半導体では、エネ ルギーギャップを変えるには、何種類かの物質を混ぜることで得て いた。混ぜることで、疑似的な新しい結晶を作るのだ。しかし、こ の方法は自由に混晶や超格子を作ることは難しい問題であった。ナ ノチューブの場合には、半径の大きさの下限(4Å)以下には作れな いが、大きい方は 100Å程度は可能であるので、赤外領域に自由な 大きさのエネルギーギャップを設計することができる。半導体素子 として、太陽電池への効率化への応用も十分視野に入って来た。

弾道輸送、全く散乱されない電子:

最後に、デバイスとして最も重要な電気伝導の現象を説明する。ナ ノチューブは、黒鉛の六方格子でできているが、格子長は他の原子 の作る格子長より小さく、不純物が置換して入りにくい。したがっ て、その電気伝導も不純物によって散乱されない電気伝導が起こる。 全く何にも散乱されない電気伝導を、弾道的な伝導(バリスティッ ク伝導)と呼ぶ。この場合電気伝導度は量子化され、1 つの電気を 流す経路(チャネルと呼ぶ)あたり、12.9kΩになることが知られて いる。Si の高度な精製技術では、このような状況は 1 μm の大き さで起こることが知られていて、このような量子輸送効果を考えた 半導体物理が、マクロスコピック(巨視的)とミクロスコッピック (微視的)の間の物理としてメゾスコピック系の物理として精力的に 研究されている。その頂点となる目標が、単電子トランジスターで ある。

デッカーらは、その技術を駆使し単層ナノチューブの電気伝導度を 極低温(μK)で測った。ゲート電圧を変化させることによる、チャ ンネルのエネルギー位置を変化させ、電流を制御してみせた。量子 伝導は確かにそこに起こっている。しかし、電気伝導度をはかって みると、量子化された伝導度より小さく、必ずしも純粋に量子化さ れた伝導は起こっていなかった。これは、ナノチューブを基板に横 たえることによって基板からの影響が強く現れたものと考えられて いる。せっかく置換不純物がなくても、基板からの影響があっては どうしょうもない。ジョージア大のグループは、ナノチューブ(多 層)を垂直に吊し、片方を水銀電極に浸す実験を行い量子伝導を確 認した。しかし得られた伝導度がまだ理論で予想するものとは異っ ている点や実験上の問題点が多い点が指摘されている。

この量子輸送の散乱に関して、安藤(東大)らは不純物の散乱が抑制 される場合があることを示した。その抑制とは、電子の波動関数の 位相による干渉効果による効果であり、もとの音と逆位相の音を発 生させ打ち消すような効果がミクロで起こる。この効果があると、 不純物があっても散乱が起きないという奇妙な現象がおこるのだ。

このように、単に大きさが違うだけでも、そこに繰り広げられる物 理現象は、マクロの伝導の場合と全く様相が異なる。しかし、量子 効果を積極的に利用すれば、新しい究極の科学と技術が展開される に違いない。多くの研究者はその魅力に取り付かれているのだ。

4. 最後に: -- 語り尽くせない魅力 --

このようにナノチューブは、『量子的な魅力』をもって炭素の新し く輝かしい仲間になった。語り尽くせない魅力はまだ限りなくある。 その一部を紹介して、拙稿を閉じたい。

特に単層のナノチューブは、全ての炭素原子が『表面』にあり、ま た円筒内部の『裏面』も別の性質を持っていると考えられている。 多くの微小黒鉛が Li の 2 次電池としての興味があるように、表 面(裏面)だけのナノチューブはマクロな電池材料としての魅力があ る。また、黒鉛層間化合物や活性炭素繊維が水素を吸蔵したように、 ナノチューブも新しい層間化合物とくに燃料電池の水素吸蔵材料へ の期待がある。ナノチューブの密度が小さいので、対重量で最も多 く水素が吸蔵できることが報告された。この場合にも水素分子の零 点振動のような量子的な運動が基礎研究としての興味がある。いず れも次世代の電気自動車の開発に密接な関係があり、実用に向けて 水面化で多くの研究がなされている。

またナノチューブの先端は、ある意味で『尖っている』。尖ってい る STM の針でも 先は、20nm ぐらいはある。これに対しナノチュー ブの先は、フラーレン分子を半分に割った半球がキャップとしてつ いているので直径 1 nm しかない。この針の先に電界をかけたら、 非常に大きな電界効果が期待できる。実際これを利用して、齋藤 (三重大)は伊勢電子工業と共同して冷陰極管の試作に成功した(図 4)。従来の TV のブラウン管は 熱電子を電子源にするので、陰極 を加熱する必要があった。しかしナノチューブを電極につけると、 ヒータ無しで飛び出して来る(冷陰極管)のだ。このような現象は、 ダイヤモンド薄膜でも報告され研究されているが、良導体であるナ ノチューブの方が多く電気を流すことができるという点で有利であ る。またミクロには当然ではあるが、STM の針に利用することが検 討されている。

さらに機械的な性質として、格子の欠陥がないナノチューブはファ イバー以上の性質をもつと考えられている。ミクロな繊維は何を生 み出してくれるのであろうか? 筆者のつまらない考えを紹介すれば、 眼鏡拭きよりはるかに小さい世界での『ぞうきん』ができる。ミク ロな繊維で編んだ布は、回路になる可能性がある。夢は膨らむばか りだ。

いずれにせよ、このような研究には、ナノチューブを供給する環境 が整う必要がある。さらにデバイスを作り集積化を目指すのなら、 果てしない技術革命が望まれる。20 世紀がシリコンの技術の時代 であるとすれば、21 世紀は原理的に究極であるナノチューブの時 代であると確信している。こんなに多方面に応用が可能な夢のある 材料はそうざらには無い。

TV の CM にナノチューブ出る日が先か、ナノチューブの冷陰極管 とデバイスでできた TV が先にでるか、筆者は予言者ではないので わからない。そんな進歩は夢だとおっしゃられる読者もいるかも知 れない。しかし筆者が小さい時には、電卓もなくパソコンもなかっ た。半導体であったのはトランジスターラジオだけであった。1960 年代に、発光ダイオードと集積回路が子供の靴の電飾に使われる時 代がくるとは、誰一人想像できなかったと断言できる。半導体産業 のこの加速度的技術革新と需要をみると、しっかりした目標さえあ れば不可能なことは何も無く、ただ驚くべき未来をナノチューブが いつ誰が与えてくれるかだけの問題になっている。

謝辞:

本稿に関する研究の一部は、文部省科学研究費『カーボンアロイ』 の援助による成果である。

参考文献

(1) ``Physical Properties of Carbon Nanotube'', R. Saito, G. Dresselhaus and M. S. Dresselhaus, Imperial College Press (1998).

(2) ``カーボンナノチューブの基礎'' 齋藤 弥八、坂東 俊治 著、 コロナ社 (1998)

(3) ``Science of Fullerenes and Carbon Nanotubes'', M. S. Dresselhaus, G. Dresselhaus and P. C. Eklund, Academic Press, (1995)

(4) ``Carbon Nanotubes : Preparation and Properties'', eds T. W. Ebbesen, CRC Press (1997)

図 1. カーボンナノチューブの図。ナノチューブの両端には キャッ プと呼ばれる構造によって閉じている。図は片方のキャップを少し 離して示した。(文献 1 より)

図 2. アーク放電法装置の図。(文献 1 より)

図 3. 精製したナノチューブの低解像度の電子顕微鏡写真(左図) とその 1 本を拡大した電子顕微鏡写真(右図) 単層ナノチューブの 集まりであるロープの構造を示す。(文献 1 より)

図 4. 冷陰極管の電子源として、カーボンナノチューブが使われた 蛍光表示管の摸式図。(文献 2 より)



 
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Riichiro Saito
1998-12-14