『麗和・浦和高校同窓会会報』 原稿 2000年 4月 Vo. 43 P.16 無断引用を禁ずる。

カーボンナノチューブ --- 21世紀の新材料に向けて

齋藤 理一郎 (高校28回, 電気通信大学)

炭素は,生命科学から物理学・化学,物質科学に至るまで良く使われ る元素である.宝石や工業上重要なダイヤモンドや,鉛筆の芯や墨の 材料であるグラファイトは炭素だけからなる物質(同素体という)であ り,有史以前から知られていた物質であるが,20世紀の終りに新しい 炭素の仲間が登場して,科学の世界で活発に研究されている.本稿で は,この新しい仲間の紹介と将来に向けた展望についてお話する.

高校の化学の授業をまじめに受けていた人は, sp2結合を覚えていることであろう.120度ずつ に結合の手が平面上に伸びた物質である.この3本の手を使って結 晶をつくると,亀甲模様の6角形がつながった平面ができる.この 平面が海苔の束のように重ねたものがグラファイト(黒鉛)である. 海苔は平面的な形状であるが,おにぎりやのり巻きのように,球状 や円筒上に丸めた形状がそれぞれ1985年1991年に発見された.

球状の物質はサッカーボールの形((C60)をしている. 有機化学ではベンゼン以来の大発見として多くの化学物質がこの C60分子から合成された.かつてベンゼンから非常に多 くの医薬品,化学物質が生まれたように,新たな薬や医療用の物質 が開発されている.この研究に対しては,最初の発見者3人に1996 年のノーベル化学賞が与えられた。

円筒形の物質は,直径は1nm (10 億分の1m) でサッカーボール型の分 子と同じ大きさであるが,長さが直径に比べ1000倍以上長く,微細な 繊維として使うことが可能である.カーボンナノチューブという名前 で呼ばれている.テニスラケットや釣りざおに使われるカーボンファ イバーは同じ円筒形であるが直径が1000倍以上も太い兄貴分の関係に ある.世界中の人を魅了したのは,このカーボンナノチューブが円筒 形の巻き方を変えるだけで,金属か半導体になるということであった. 従来の物質の金属や半導体という性質は,元素に固有なものであった が,このように小さい世界の場合には,電子の波としての性質が物質 の個性を支配する.筆者らは理論的研究によってこの個性を,実験的 な発見とほぼ同時期の1991年に示した.その後多くの研究者の努力の 結果,金属か半導体になる性質の実験的な検証は1999年にオランダの グループによって達成するにいたるのである.

このような小さいカーボンナノチューブという物質は,純粋な科学の 遊び道具ではない.小さいということはいいことである.今まででき なかったことが原理的に解決できたのである.あとは技術がそれを実 現すれば良い.この数年で実現されるのは,カーボンナノチューブで つくられたテレビ画面である.細い先からは電子が良く飛び出る効果 を使って,低電力の薄型ディスプレイの開発が最終段階をむかえてい る.またなのチューブの強度は,鋼鉄のワイヤーの数十倍の強度があ るので量産すれば,機械的な応用が考えられている.また超微細なロ ボットの筋肉として,また半導体の集積回路の素材として21世紀の技 術目標が明確になっている.特に半導体の集積回路においては,現在 の集積度の100万倍は可能であるので,たとえばメモリーとして使う のであれば一つのチップで100TB程度の集積度が期待できる.

我々の高校の時代には,電卓が出始めたが個人で買うのは掛け算しか ないものでもなかなか無理であった.それから20年今書いている LAP TOP パソコンには 100MBのメモリーが入っている.今はたわごと かも知れない話も筆者がおじいさんになる,21世紀の中頃にはナノチュー ブの科学技術が半導体技術の重要な部分になることは間違いない.周 期表の中で炭素にかわる元素がない限り,またさらに革新的な考えが 示されない限り,お宝への地図は変わりようが無いように思える.


ここを クリックすると 研究室 Home pageに戻ります。
rsaito@ee.uec.ac.jp