泉萩会原稿

 

ナノチューブの物理が拓く応用技術

東北大学大学院理学研究科物理学専攻 齋藤 理一郎

 

20世紀は物理の大きな発見と進歩があった世紀である。物性物理の世界では、トランジスターやレーザーなど日常生活を変えた大発明があり、また超伝導や半導体などの量子物理の精緻な探求がある。泉萩会の先輩の先生方はその華々しい時代に活躍なさり、これからお話しするナノチューブの物理の布石となっていることはいうまでもない。

 

最近よく感じることは、我々が21世紀になすべき物理があまりにも膨大であり、当分飯の種には困らないであろうことである。もちろん、今後思いもよらない発明や発見があることであろうし、他分野を言及しているわけでもない。我々の前に広がるナノテクノロジーと呼ばれる研究対象が、20世紀の山を登ることで一望にひろがった感じがする。東北大に来て理学総合棟から遠くの美しい山々を一望できる感覚に近い。(写真1)

 

カーボンナノチューブは、層状構造をもつグラファイト(黒鉛)の1層(グラフェン)を丸めた円筒形の物質である(図1)。円筒の内部は真空であり、別の物質を充填することができる。直径は、0.4nmから10nm、長さは100nmから1mmであり細長い。DNAの大きさとほぼ同じである。1層のチューブを単層カーボンナノチューブ、2層以上の同心円筒構造を多層カーボンナノチューブと呼ぶ。グラフェンは、炭素原子からなる六方格子(六角形の周期構造)で構成する。六員環の網目からいかなる原子も抜け出ることはないので、靴下のような閉じた空間を作る。

 

このナノ空間は、気体を自然に圧縮(100気圧)する容器になり、鰻の寝床として特殊な化学反応をおこす管になる。また図1に示したようにDNAが巻きつく棒になる。ナノチューブは物質の表面を探査する装置(操作プローブ顕微鏡)の柔軟な針や箸となり、たんぱく質の立体構造を見たり、微小な物質をつまんで切ったりすることができる。直流の電圧をかけることにより伸び縮む性質を利用して人工筋肉ができる。関連する一連の仕事はNEMSnano electrical mechanical systems)と呼ばれる。またナノチューブは、数V程度の電圧だけで電子を放出する冷陰極電子銃になる。この電子銃を並べて、電子を加速して蛍光管を光らせる薄型TVを作ることができる。すでに35インチカラーTVの試作品をサムソンが発表した。すべて実験室からの報告であり、実用段階に近い。

 

ナノチューブは、六方格子の巻き方により自在な螺旋構造をとる(図2)。この螺旋構造に応じて金属及び半導体ナノチューブが存在する。金属ナノチューブは、無欠陥の高移動度の電線として、109A/cm2の大電流を流すことができ、集積回路の立体配線材料として使われている。一方半導体のナノチューブは、両端に電極をつけ、中央部に絶縁体をはさんでゲート電極を作ることで、電界効果トランジスターができる。幅1nm、長さ100nm、動作周波数1THz、室温で動作する単電子トランジスターが目標である。ナノチューブCMOS素子は1999年作られ、論理回路も既にできている。動作の高速化、集積化を決めるプロセス技術がナノテクの腕の見せ所である。

 

ナノチューブの電子状態は、グラファイトの電子状態と密接な関係がある。金属ナノチューブの電子状態を有効質量近似で計算すると、ニュートリノと同じ質量0のワイル方程式に従う。(最近のCOEシンポジウムによると、ニュートリノは別のニュートリノに代わるニュートリノ振動により質量があり、さらにZ粒子、ニュートラリーノ粒子もあるらしい。)したがって、エネルギーギャップがなく電子状態の分散が線形であるという、特殊な電子状態をもつ。この電子は、たとえ不純物などの散乱体があっても、干渉効果で後方散乱をおこさない(つまり無散乱)という驚くべき性質をもつ。質量が軽く、散乱しないため、電子は弾道(バリスティック)輸送を実現する。高速素子になるべくして生まれた理想的な材質であるということができる。

 

ナノチューブの試料は、黒いスス状であり一般の炭素物質と光学顕微鏡(または操作電子顕微鏡scanning electron microscope SEM)で区別することは困難である。高分解能透過型電子顕微鏡(transmission electron microscope, TEM)を使えば、直接ナノチューブの像を観察できるが容易ではない。簡便な方法としては、ラマン分光がある。ナノチューブに固有の振動モードである、100-300cm-1付近のラジアルブリージングモード(RBM、直径が振動するモード)の有無をラマン分光で観測する方法である。著者らは、この共鳴ラマン分光をたった一本のナノチューブからの信号を測定し、理論的な解析により一本のナノチューブの電子状態やフォノンの分散関係をだすことに成功した。この辺の詳細は、話が長くなるので最近刊行した教科書(下記)をご参照いただきたい。

 

もともと、ナノチューブができる前にもう少し大きめの炭素材料としてカーボンファイバー(炭素繊維)が主に強度材料およびチウムイオン電池の電極として使われてきた。カーボンファイバーは現在、年産数万トンも生産され工業的応用は日常生活にまで浸透してきた。最近カーボンファイバーでできた最軽量ノートパソコンが発売され、業界関係者として著者は欲しかったのではあるが高価であり、ねっからの貧乏性と税金の無駄使いを恐れ断念した。さておきパソコンの躯体、ディスプレイ、CPU、メモリー、蓄電池すべてナノチューブでできるという報告がある。ナノチューブの応用の広さを端的に示す例であろう。

 

このカーボンファイバーをナノチューブに置き換えるだけで、工業的性能を格段に改善することができる。現在では、商社による資本投下によってナノチューブを大量合成する工場が九州に建設され年産1000トン(2003年実績)で稼動している。大量生産によって、ナノチューブの単価が下がることにより応用の可能性はますます広がると考えられる。強度材料としての応用は、コストが重要な鍵を握るといえる。

 

グラフェンの理想的な機械的強度は、層方向の炭素原子によるsp2共有結合によるものである。層に垂直な方向は柔軟に曲がる。ナノチューブは、円筒形という形から側面の端がない。従って無欠陥の完全結晶のもつ強度が期待できる。さらに、密度が1.3g/cm3と鋼鉄線の1/6程度なので、重さあたりの引っ張り強度が鋼鉄線の100倍になる。ナノチューブだけを線材に加工する技術は、まだ確立していないがプラスティックなどにナノチューブを混ぜることで伝導性と強度を兼ね備えた物質を作ることができる。信州大の遠藤らは、鉛蓄電池の電極に多層ナノチューブを混ぜることにより、電極の強度と電気伝導性を改善し鉛蓄電池の寿命を車の寿命より延ばすことに成功した。上高地を走るハイブリッドバスで既に使われている。

 

そのほか、表面積が大きいことを利用して、物質を吸着してガスセンサーや、リチウムイオン電池、バイオ技術関連へのいろいろな応用が提案されている。また水素を吸蔵して、燃料電池の水素源や化学反応界面として利用できる。さらに界面の表面積が非常に大きいことを利用したスーパーキャパシターとしての応用もある。このほか実に多くの応用が提案されていて、どれもナノチューブの量産により価格が下がれば、従来の材料を上回る性能が十分期待できるものである。

 

多くの読者が、ナノチューブの応用が現実として進んでいることに驚かれたことであろう。実は著者自身が一番驚いている。シリコンの半導体物理が量子ホール効果など新しい量子効果の発見をもたらしたように、炭素の固体物理でも新しい物理の発見があることであろう。目が放せない今後の展開である。

 

参考文献

 

1.カーボンナノチューブの基礎と応用、齋藤理一郎・篠原久典編、培風館 (2004)

2. Physical Properties of Carbon Nanotubes R. Saito, G. Dresselhaus, M.S. Dresselhaus, (Imperial College Press, London, 1998).

3.``カーボンナノチューブの基礎'' 齋藤 弥八、坂東 俊治 著コロナ社 (1998).

7http://flex.phys.tohoku.ac.jp/~rsaito/nanotube/index-j.html 著者解説記事のページ

写真1 理学総合研究棟より宮城教育大方面の山々。

 

図1 ナノチューブ(内側)とDNA(外側)分子 バイオへの

応用が提案されている。

図2 いろいろなナノチューブの立体構造。(a)()

金属ナノチューブであるが、(c) は半導体ナノチューブである。