計算では半経験的量子化学計算 mopac93 をもちいて、炭素原子 96 個のクラスターに Li 原子をひとつづつドープしてその構造の最適 化と電子状態の計算を行った。計算結果によると、グラファイト微 結晶にσ 結合のダングリングボンドを持つ場合には、Li は 共有結合(炭素原子は sp2 混成のまま)的にダングリングボンド を終端する。しかしこの反応は結合エネルギーがグラファイト層間 に付着するよりも 5eV ぐらい安定であり、非可逆なものである。 またこのダングリングボンドを終端した Li イオンのもつ電荷は +0.3 程度であり、第一ステージ・グラファイト層間化合物の Li のイオンのもつ電荷 +0.6 より少ない。この点で、ダングリング ボンドを終端した Li イオンは、2次電池としての特性として好ま しいものではない。
図 1. ダングリングボンドを水素終端した、炭素原子 96 個のクラスター に Li 原子をひとつ付けた構造。数字は原子の電荷量。
一方黒鉛のダングリングボンドを水素終端させると、上記に説明し たような共有結合的な結合を作らない。この場合 Li 原子は炭素原 子と水素原子の作る平面構造から 1.83\AA 離れたところに最適化 構造をとり (図 1 参照) 黒鉛層間化合物と同じようなイオン結合 としてつく。このLi イオンのもつ電荷は +0.6 程度である。この 結合は、Li の 電荷がグラファイト微結晶の非結合性πバン ドに移動したことによっておこるイオン結合である。またこの結合 の大きさは、黒鉛層間化合物での Li イオンの安定エネルギー (〜3eV) とほぼ同定度であり、この反応は黒鉛層間化合物で の Li と同様に可逆であると考えられる。このことは水素終端され ているグラファイト微結晶は水素終端されていないクラスターと比べて 2 次電池として性能が向上する事を示している。またこの性能は、 グラファイト微結晶端の割合が相対的に多い小さい結晶半径の方が 良い。
重要な点は、グラファイト微結晶端に Li をつけると Li:C 比が第 一ステージ・グラファイト層間化合物の 1:6 より Li の量が増え る点である。ここでグラファイト微結晶の過剰吸着の機構は次の ような2点にまとめられる。第 1 の機構は、端に Li が存在する 場合には、 Li イオン間の反発がクラスター外部からの斥力が無い 為グラファイト層間化合物よりも Li 間距離を小さくとることがで きる点にある。第 2 の機構は、グラファイト微結晶端に局在す る電子状態は、グラファイト結晶の非結合性πバンドよりエ ネルギーが低いので、より多くの電荷移動を可能にする。但しこの グラファイト微結晶端に局在する電子状態は、微結晶端がいわゆる ジグザグ端でないとグラファイト微結晶端に局在する電子状態を得 ることはできない。しかし、クラスターが比較的丸い形状をとる場 合には、端の約半分はジグザグ端であることが期待されるので、グ ラファイト微結晶端に局在する電子状態を電子を受容する機能を十 分期待できる。
図2. C24F の最適構造。骨格の変形が見える。
我々は現在アクセプター型の不純物である F を始めハロゲン元素 をドープした系の電子状態の計算を Mopac93 と Gaussian 94 を用 いて行なっている。我々の興味は、F ドープグラファイトが大きなスピン磁化率を生じる実験事実にある。ドナー型の黒鉛層間化合物が電荷移動に伴ってグラファイトにキャリ ヤーが移動するだけではこのようなスピン磁化率が生じることは考 えられない。計算では、炭素原子数 24 個のクラスターに F を付 けて構造最適化をおこなった。アクセプター型の不純物である F をドープした系の最適構造は、ドナー型の Li 黒鉛層間化合物と異 なりグラファイト骨格の変形が見られた。ドナー型の黒鉛層間化合 物の場合には、6 員環の中心の上方にアルカリ金属が存在するが、 F の 場合には 炭素原子の真上に存在し、炭素原子は sp3 混成 軌道の成分を持つ。このために、シグマ骨格が非常に大きな変形を 受ける(図2)。この変形はCl, Br, I とイオン半径が大きくなると 減少する傾向にあり、関連した物性を調べている。
1.背景
東工大榎教授グループのフッ素をドープした結果では、 炭素-フッ素比の変化によって、スピン密度の発生など 多くの興味深い結果が報告され、理論的な解析が望まれている。
これらの結果は、微小グラファイトの端の 効果が原因と考えられているが、 その量子サイズ効果が物理と化学にどう影響するか電子状 態の計算によって解明する必要性がある。
微小グラファイトにアクセプター原子であるハロゲン原子をドープ した場合と、ドナー原子であるアルカリ金属をドープした場 合の電子状態計算を行ない、構造最適化する。 そして、安定構造、吸着反応を求め、端の効果について解析する。
3.計算方法
mopac93(PM3,UHF,DRC,IRC)を使用
ハロゲン原子をグラファイト内の炭素の上空に置き、構造最適化す る。
4.結果・考察
グラファイトにフッ素を 1つドープした系の最適化構造を fig1に示す。(a)はグラファイトの内部の炭素原子に結合 した系、(b)はグラファイトの端の炭素原子に結合した系である。
分子構造よりフッ素原子は炭素原子と共有結合をしてsp3構造を取ることが分った。
fig1:フッ素を 1個ドープした系の最適化構造
ノンドープの場合の 90°,120°と比べると、 ハロゲン原子のイオン半径 が大きくなるにつれてグラファイトの構造変化が小さくなっている ことが分った。
次に、fig1の(a)の状態密度をfig2に示す。 (a)はC0のpz、(b)はC0全体、(c)は炭素全体のpz、 (d)は炭素全体の全ての状態密度を示している。
fig2:fig1-(a)の系の状態密度
fig2より、 C0のpz軌道が、他のsp2軌道と混成している事が分り、フッ素がsp3の共有結合をしている事が 状態密度よりも確認された。
fig1のフッ素の吸着エネルギーを比較すると、 (b)の方が(a)よりも 約 0.92 eV安定であった。
またフッ素 を2個ドープし、 フッ素の結合している炭素同士の距離と吸着エネルギーの 関係調べた。
端の炭素に結合している数が、0、1、2 個によって 大きく 3つに分けると、 0個の場合の吸着エネルギーは約-1.6eV 、 1個では約-2.0 eV 、2個では約-2.4 eV で、端の原子に結合する程 より安定になった。
C24H12 にドープしたフッ素の総電荷とフッ素原子数との関係をF-chargeに示す。
F-charge:フッ素原子数と総電荷移動量の関係
フッ素原子数が増えると、一様に総電荷移動量も増えることが分っ た。
※リチウムの数と総電荷移動量の関係
リチウムはグラファイトの構造を崩さずに吸着し、内部の六員環の 上空や終端付近の上空にて安定する。 総電荷量は、リチウム原子のドープ位置と電荷に、大きな 関係があると考えられる。 5.まとめ
・ハロゲン原子
ハロゲン原子は グラファイト端の炭素原子に結合する方が安定であり、 炭素原子とsp3の共有結合をする。
・アルカリ金属
リチウムの 総電荷移動量はグラファイト内部に吸着した場合の方が より多く、グラファイトからの高さと電荷に深い関係がある。
今後、動的反応座標を用いて反応の様子を詳しく検証していく予定 である。