グラファイト微結晶での Li の過剰吸着機構(1997)

微結晶で Li がより多く吸着される機構は、その微結晶「端」の存 在である。微結晶端がただ存在すば良いわけでなく、若干の飾り付 けが必要である。我々は、グラファイト微結晶での Li の過剰吸着 機構について計算し、グラファイト微結晶を水素で終端すると二次 電池としての性能をあげることができると報告した。

計算では半経験的量子化学計算 mopac93 をもちいて、炭素原子 96 個のクラスターに Li 原子をひとつづつドープしてその構造の最適 化と電子状態の計算を行った。計算結果によると、グラファイト微 結晶に$¥sigma$ 結合のダングリングボンドを持つ場合には、Li は 共有結合(炭素原子は $sp^2$ 混成のまま)的にダングリングボンド を終端する。しかしこの反応は結合エネルギーがグラファイト層間 に付着するよりも 5eV ぐらい安定であり、非可逆なものである。 またこのダングリングボンドを終端した Li イオンのもつ電荷は +0.3 程度であり、第一ステージ・グラファイト層間化合物の Li のイオンのもつ電荷 $+0.6$ より少ない。この点で、ダングリング ボンドを終端した Li イオンは、2次電池としての特性として好ま しいものではない。

図 1. ダングリングボンドを水素終端した、炭素原子 96 個のクラスター に Li 原子をひとつ付けた構造。数字は原子の電荷量。

一方黒鉛のダングリングボンドを水素終端させると、上記に説明し たような共有結合的な結合を作らない。この場合 Li 原子は炭素原 子と水素原子の作る平面構造から 1.83¥AA 離れたところに最適化 構造をとり (図 1 参照) 黒鉛層間化合物と同じようなイオン結合 としてつく。このLi イオンのもつ電荷は +0.6 程度である。この 結合は、Li の 電荷がグラファイト微結晶の非結合性 $¥pi$ バン ドに移動したことによっておこるイオン結合である。またこの結合 の大きさは、黒鉛層間化合物での Li イオンの安定エネルギー ($¥sim 3$eV) とほぼ同定度であり、この反応は黒鉛層間化合物で の Li と同様に可逆であると考えられる。このことは水素終端され ているグラファイト微結晶は水素終端されていクラスターと比べて 2 次電池として性能が向上する事を示している。またこの性能は、 グラファイト微結晶端の割合が相対的に多い小さい結晶半径の方が 良い。

重要な点は、グラファイト微結晶端に Li をつけると Li:C 比が第 一ステージ・グラファイト層間化合物の 1:6 より Li の量が増え る点である。この効果は、グラファイト微結晶の一つの効果である と考えられる。ここでグラファイト微結晶の過剰吸着の機構は次の ような2点にまとめられる。第 1 の機構は、端に Li が存在する 場合には、 Li イオン間の反発がクラスター外部からの斥力が無い 為グラファイト層間化合物よりも Li 間距離を小さくとることがで きる点にある。第 2 の機構は、グラファイト微結晶端に局在す る電子状態は、グラファイト結晶の非結合性 $¥pi$ バンドよりエ ネルギーが低いので、より多くの電荷移動を可能にする。但しこの グラファイト微結晶端に局在する電子状態は、微結晶端がいわゆる ジグザグ端でないとグラファイト微結晶端に局在する電子状態を得 ることはできない。しかし、クラスターが比較的丸い形状をとる場 合には、端の約半分はジグザグ端であることが期待されるので、グ ラファイト微結晶端に局在する電子状態を電子を受容する機能を十 分期待できる。

図2. C$_{24}$F の最適構造。骨格の変形が見える。(Alchemy 2000 で作製)

我々は現在アクセプター型の不純物である F を始めハロゲン元素 をドープした系の電子状態の計算を Mopac93 と Gaussian 94 を用 いて行なっている。我々の興味は、榎教授グループによる F ドー プグラファイトが大きなスピン磁化率を生じる実験事実にある。ド ナー型の黒鉛層間化合物が電荷移動に伴ってグラファイトにキャリ ヤーが移動するだけではこのようなスピン磁化率が生じることは考 えられない。計算では、炭素原子数 24 個のクラスターに F を付 けて構造最適化をおこなった。アクセプター型の不純物である F をドープした系の最適構造は、ドナー型の Li 黒鉛層間化合物と異 なりグラファイト骨格の変形が見られた。ドナー型の黒鉛層間化合 物の場合には、6 員環の中心の上方にアルカリ金属が存在するが、 F の 場合には 炭素原子の真上に存在し、炭素原子は $sp^3$ 混成 軌道の成分を持つ。このために、シグマ骨格が非常に大きな変形を 受ける(図2)。この変形はCl, Br, I とイオン半径が大きくなると 減少する傾向にあり、関連した物性を調べている。

参考文献

1, M. Nakadaira, R. Saito, T. Kimura, G. Dresselhaus, and M. n S. Dresselhaus, J. Mater. Res. 12, 1367--1375 (1997).

2. 中平 政男, "グラファイトクラスターのLi過剰吸着とラマン強度", 修士論文、電気通信大学 (1997)

3. 高井 和之、"sp2, sp3 炭素混合系としての 乱雑構造カーボンの構造、及び磁性、電子物性"、修士論文、東京工業大学 (1998)


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