遷移状態の計算方法の説明(TS、SADDLE)


計算の意味
反応物から生成物の化学反応が進行する時にエネルギー的に極大点である ことを遷移状態といい、その構造を解析する事によりこの化学反応をより詳しく 解明する事が出来る。ここでは、計算方法について簡単に説明する。
    計算手順
  1. 初期構造の作成
  2. 遷移状態の構造最適化
  3. 遷移状態である事の確認
  4. 目的の遷移状態である事の確認(反応物、生成物への変化の確認)
初期構造の作成
「SADDLE」というキーワードを用いる方法と、「反応座標の手法」を用いる方法 がある。
「反応座標の手法」の説明
その化学反応を特徴づけるような内部座標を反応座標として選び、入力データの 最適化フラグを-1にして、データの最後に何点かの反応座標値を付け加えることにより、 各点でのエネルギー値を計算する。その極大点を、遷移状態に近い初期状態として仮定する。
CH2CH2 + CH2CH3 →  CH2CH2CH2CH3 の化学反応の例を以下に示す。
入力データ
 PM3  UHF SYMMETRY 
 CHPTER 10 
 C2H4 + C2H5 -> C4H9
  C    0.0000  0    0.0000  0    0.0000  0    0   0   0
  C    1.3219  1    0.0000  0    0.0000  0    1   0   0
 XX    1.0000  0  180.0000  0    0.0000  0    1   2   0  ←"XX"はダミー原子
  H    1.0900  1  120.0000  1   90.0000  0    1   2   3     構造の定義のみに使用
  H    1.0900  0  120.0000  0  -90.0000  1    1   2   3
  H    1.0900  1  120.0000  1  -90.0000  1    2   1   3
  H    1.0900  0  120.0000  0   90.0000  0    2   1   3
  C   50.0000 -1  100.0000  1    0.0000  0    2   1   3  ←"-1" のあるところが
  C    1.4560  1  100.0000  1  180.0000  0    8   2   1         反応座標である。
  H    1.1000  1  110.0000  1  180.0000  0    9   8   2
  H    1.1000  1  110.0000  1   60.0000  1    9   8   2
  H    1.1000  0  110.0000  0  -60.0000  0    9   8   2
  H    1.0800  1  120.0000  1  -90.0000  1    8   9  10
  H    1.0800  0  120.0000  0   90.0000  0    8   9  10
  0    0.0000  0    0.0000  0    0.0000  0    0   0   0  ←構造定義終了
  4   1    5  ←  対称の定義
  4   2    5          ・
  6   1    7          ・
  6   2    7  ←  対称の定義
  6  14    7          ・
 11   1   12          ・
 11   2   12          ・
 11  14   12  ←  対称の定義
 13   1   14          ・
 13   2   14          ・
 13  14   14  ←  対称の定義
                                       ← 空行
1.6 1.7 1.8 1.9 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5  ← 反応座標に入れる数値(それぞれの値で最適化する)
                                       ← 空行
この入力データを表示すると次のようになり、矢印の距離を 1.6 〜 2.5 で動かして、それぞれの位置で最適化計算を行う。
そして、計算結果のアーカイブファイルを以下に示す。
アーカイブファイル(filename.arc) の一部
  ↓(反応座標の部分を"1.6000"にした場合の計算結果)↓
                     SUMMARY OF   PM3   CALCULATION
                                                            MOPAC  93.00
  C4  H9 
 PM3  UHF SYMMETRY
 CHPTER 10
 C2H4 + C2H5 -> C4H9

     PETERS TEST WAS SATISFIED IN BFGS OPTIMIZATION           
     SCF FIELD WAS ACHIEVED                                   

          HEAT OF FORMATION       =         6.549203 KCAL =     27.40187 KJ
          ELECTRONIC ENERGY       =     -2264.527778 EV
          CORE-CORE REPULSION     =      1652.256033 EV
          FOR REACTION COORDINATE =           1.6000 ANGSTROMS
          REACTION GRADIENT       =        41.497638 KCAL/ANGSTROM
          DIPOLE                  =         0.22003 DEBYE    SYMMETRY:       Cs  
          (SZ)                    =         0.500000
          (S**2)                  =         0.769762
          NO. OF ALPHA ELECTRONS  =        13
                                    ・
                                    ・
                                    ・
          FINAL GEOMETRY OBTAINED                                    CHARGE
 PM3  UHF SYMMETRY
 CHPTER 10
 C2H4 + C2H5 -> C4H9
  C    0.00000000  0    0.0000000  0    0.0000000  0    0    0    0     -0.2094
  C    1.46269535  1    0.0000000  0    0.0000000  0    1    0    0     -0.0704
                                    ・
  H    1.10461477  1  111.1107460  1  -59.2344276  1    8    9   10      0.0491
  H    1.10461477  0  111.1107460  0   59.2344276  0    8    9   10      0.0491
 
   4  1    5
      ・
  13 14   14
   ↓(反応座標の部分を"1.7000"にした場合の計算結果)↓
                     SUMMARY OF   PM3   CALCULATION
                                                            MOPAC  93.00
  C4  H9 
 PM3  UHF SYMMETRY
 CHPTER 10
 C2H4 + C2H5 -> C4H9

          HEAT OF FORMATION       =        12.243684 KCAL =     51.22757 KJ
          ELECTRONIC ENERGY       =     -2252.260901 EV
          CORE-CORE REPULSION     =      1640.236093 EV
          FOR REACTION COORDINATE =           1.7000 ANGSTROMS
          REACTION GRADIENT       =        68.176268 KCAL/ANGSTROM

   ↑(このまま、指定した数値について全ての計算結果と、)↑
   ↓(その時の最適化構造のデータが順に出力される。    )↓

  H    1.09796382  1  111.7910688  1   60.4212485  1    9    8    2      0.0416
  H    1.09796382  0  111.7910688  0  -60.4212485  0    9    8    2      0.0416
  H    1.08318980  1  121.1143021  1  -83.0137716  1    8    9   10      0.0823
  H    1.08318980  0  121.1143021  0   83.0137716  0    8    9   10      0.0823
 
   4  1    5
        ・
  13 14   14
この時の"HERT OF FORMATION" の値をグラフにとり極大値を遷移状態の 初期構造として仮定する。また、より詳しく初期状態を求めるには、 この時の結果をもとに、結合角についてもう一度反応座標を用いて計算すると良いと 思われる。
最後に、最も高いエネルギーを持った構造を、mopac の入力ファイルとして セーブする。
遷移状態の構造最適化
キーワードに 「TS」を入れて計算を行う。
この時、「NLLSQ」や「SIGMA」のキーワードを入れても同様の結果が得られる。 ただし、初期状態が実際の遷移状態とは大きく異なっていた場合、良い結果を得られる とは限らない。そのため、初期状態のより詳しい計算と、キーワード「TS」を推奨する。
遷移状態である事の確認
キーワードに「FORCE」を入れ、振動解析を行う。
うまく計算が出来なかった場合、以下の事を試してみると良い。 ( 他の場合にも使えます。)
この前の「TS」を入れた計算で、PRECISE」を入れて 収束条件を 100倍厳しくしてみる。
「PULAY」「CAMP」「SHIFT=n」などを入れてみる。
計算結果を見て、虚の振動数を有する全対称のモードが 1つだけ存在した場合 この構造は遷移状態であると初めていえる。
そのデータの一部を以下に示す。
filename.out の一部。
           NORMAL COORDINATE ANALYSIS  ←(ここから振動モードについての結果表示)
                                                   ↓
   Root No.    1       2       3       4   

              1 A'    1 A"    2 A"    2 A'  

           -574.8    58.0   140.1   196.5   ←(ここにある振動数の表示の中で
                                               マイナスのものが一つだけあれば
         1 -0.0174 -0.0001  0.0000 -0.0251     良い。マイナスが虚数を示している。)
         2  0.0000  0.0814 -0.0152  0.0001  
         3 -0.0262 -0.0001  0.0000  0.1203 
         4  0.0956  0.0000  0.0000 -0.0228  
         5 -0.0001 -0.0868 -0.0246 -0.0001  
         6 -0.2647  0.0001  0.0000 -0.1053 
         7  0.0042  0.1142  0.0062 -0.0266 
         8  0.0101  0.1545 -0.0112 -0.0019 

xmol を用いて振動を確認すると良い。
目的の遷移状態である事の確認(反応物、生成物への変化の確認)
遷移状態の構造に「IRC=1」または、「IRC=-1」をいれて計算を行う。
反応物、生成物それぞれの極小点につながる事を確認。

注意

この計算は特に計算方法(AM1,PM3,MNDO 等)に依存し、 同様に計算を行っても異なる結果を得る事があります。

研究室用の説明ページへ戻る。 mopac のページへ戻る。
コメントまたはアドバイスなどがあれば以下のアドレスへどうぞ。
yagi@tube.ee.uec.ac.jp