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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター No.1 (1999) pp.33-35.

電子分光法を用いたフラーレンネットワーク構造と
電子状態の相関性探求
 
千葉大学工学部
日野照純
 
 炭素原子がつくる六員環と五員環からなるフラーレンネットワークは、それらリングの配置によって様々な電子状態をとることが明らかになりつつある。本研究は、フラーレンネットワークと電子状態の関連性を電子分光法を用いて実験的に明らかにしようとするものである。

 本研究は大きく分けて、以下の4つの研究テーマからなっている。
1.高次フラーレンネットワークと電子状態の関連
2.高次フラーレンへのアルカリ金属ドープ
3.金属フラーレン
4.光電子スペクトルの高分解能化



1.高次フラーレンネットワークと電子状態の関連

 これまでに、我々の研究グループではC60からC110までのフラーレンの光電子スペクトルを測定し、フラーレンの炭素炭素結合中のσ電子による結合状態はいずれのフラーレンでも同様であること、及びπ電子が形成する電子状態は炭素数に応じて変化することを報告してきた。しかし、同じ炭素数で出来ている高次フラーレンであっても構造が異なるいくつかのアイソマーが存在しており、最近、それらを種々の物性測定に供せる程多量に分取することが可能となりつつある。図1は、Finkらによって報告されたC78の2つのC2v対称を持つアイソマーの価電子帯上部の光電子スペクトルであるが、小さな炭素ネットワークの違いが電子状態に反映されている様子が、明らかに示されている。
 本研究では、C84などのいくつかのアイソマーからなるフラーレンに注目して、それらのケージ構造と電子状態の関連性について追求する。また、これまでに測定されていないC94などの高次フラーレンについても、同様な探求を行う。






2.高次フラーレンへのアルカリ金属ドープ

 高次フラーレンの単離を行う上で大きな動機のひとつに、高次フラーレンにアルカリ金属をドープし、C60と同じような金属的伝導特性が見いだそうというものがある。単離される高次フラーレンの量が余り多くない現状では、実際に電気伝導度用の試料を作成して測定を行うことは非常な困難を伴う。
 これまで、高次フラーレンにアルカリ金属ドープを行った系では、おしなべてバンドギャップがある半導体的な性質をしめしていたが、炭素数が100を越えるような系では、ドープ後のバンドギャップがほとんどないように思われるものも存在した。炭素数が多い高次フラーレンのアルカリ金属ドープ体が果たして金属相を持つかという問題は、今後の高次フラーレンの研究の発展に関連しており、この意味で光電子分光法が果たせる役割は大きい。また、これまでの研究により、フラーレン類に過剰のアルカリ金属ドープを施すと、π電子による電子状態が減少しσ電子によると思われる構造が生成することを見いだしているが、この原因は定かになっていない。この現象についても検討していきたい。








3.金属フラーレン

 これまでに光電子分光法を用いていくつかの金属フラーレンについて電子状態を測定してきた結果、内包する金属原子によって炭素ケージの構造や、金属から炭素ケージに移動する電子数が異なることを明らかにしてきた。この研究の結果、金属原子は炭素のナノネットワーク構築の比較的初期にネットワークに取り込まれていると考えた方が、妥当であることが明らかになりつつある。今後、内包される金属原子の種類や数を変えた際に、それがどのように電子状態に反映するかについて、検討していきたい。
 また、次に述べる光電子スペクトルの高分解能化とも関連するトピックスであるが、La@C82などの双極子を持った金属フラーレンでの温度変化と電子状態の関連性という問題点がある。これら金属フラーレンは熱履歴により安定相と準安定相が存在し、安定相は双極子による長距離相互作用により半導体的であるが、準安定相は分子の空間的な配置だけを考慮した相であるとの報告がある。これらの相のうちで、安定相は双極子が互いに打ち消しあるように配列しており半導体相であるが、準安定相は金属的な振る舞いをする可能性もある。このように金属フラーレンの温度を変化させて、相による電子状態変化を検討することも本研究で追求したい研究課題である。


4.光電子スペクトルの高分解能化

 これまで我々が測定してきたフラーレン類の光電子スペクトルは、150-200 meV 程度の分解能で測定されてきた。現在では、自作の電子分光器より市販の電子分光器の方が高い性能を持つようになり、スペック上は 3 meV 以下の分解能をもつ分光器も売り出されている。しかし、いかに高い分解能を持つ分光器を使用しても、室温で固体の光電子スペクトルを測定する限りは、電子はFermi-Dirac分布関数に従うので、100 meV 程度の分解能しか得られない。電子の熱による広がりを小さくして高い分解能を得るには、試料部の冷却が不可欠となる。試料を冷却することにより分解能がどの程度向上するかを、K3C60のフェルミレベル付近のスペクトルで図3に示す。冷却しスペクトルの分解能が向上することにより、フェルミエッジがはっきりと観測できるばかりでなく、-0.3 eV と -0.7 eV 付近に電子フォノン相互作用による構造も観測されるようになる。
 フラーレン類の光電子スペクトルを測定する光電子分光器の分解能を向上させ、種々の議論に耐えられるスペクトルを測定することも、重要な研究課題である。分解能の向上により、先に述べたC60へのカリウムドープによって生じる電子フォノン相互作用によって生じる構造が高次フラーレンのドープ体でも観測されるか、について検討することが出来る。また、最近提唱されているC70へのカリウムドープ相にはごくわずかではあるが金属的な相が存在するとの見解に対して、金属相と思われるKxC70のフェルミレベル付近の精密測定により、判定を下すことが出来るものと期待される。
 さらに、ナノチューブのキラリティーにより金属・半導体と伝導特性が変化し、さらには半導体であるナノチューブはキラリティーによりバンドギャップが変化することが明らかになりつつある。最近の理論的研究によれば、半導体相を示すナノチューブにおいて、チューブが一本だけの場合とバンドルになっている場合とではバンドギャップが異なる(pseudo gapの生成)との報告もある。そのギャップの大きさは 150 meV 程度といわれているので、STSの実験結果と光電子スペクトルを比較することにより、pseudo gapの生成を実験的に検証することも可能となる。

Shojun HINO, phone: 043-290-3481, email: hino@image.tp.chiba-u.ac.jp