研究代表者
岩佐義宏(北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科・助教授)
分担者
安正宣 (北陸先端科学技術大学院大学・材料科学研究科・助手)
1.研究の目的
本研究の目的は、広くフラーレン・ナノチューブ・ネットワーク物質、具体的には(1)配向のそろったカーボンナノチューブ、(2)新規フラーレン化合物(金属内包フラーレン固体および高次フラーレンのインターカレーション化合物)を、それぞれ開発し、特異な固体物性を開拓することにある。前者では特に物性測定に適した試料の作製(プロセス)に、後者では試料そのものの作製に重点を置いて、本特定領域研究に寄与したい。本特定領域は、フラーレン、及びナノチューブを中心的な研究対象とするプロジェクトである。しかしながら、1993年から1995年度にかけて行われた重点領域「炭素クラスター」の単純な発展ではなく、全く新しい方面への展開を意図して計画された。特に、前回の「炭素クラスター」が、分子の化学に力点を置いていたのに対し、本特定領域では最近大きく発展しているカーボンナノチューブを中心に、フラーレン・ナノチューブを舞台とした新しい物性物理の開拓を目指している。そこで、これらの固体相を主に担当する本研究としては、前回の「炭素クラスター」での主要課題であったC60固体ではなく、ナノチューブ集合体、高次・金属内包フラーレンの固体相にその重心をシフトすることを計画している。
とくに、フラーレン・ナノチューブの固体相は、比較的弱いvan der Waals結合によって組み上がっており、その固体物性には構成要素内のネットワーク構造が色濃く反映されることが期待される。クラスターあるいは分子の形状が直接固体物性を支配することは一見自明のようにも思われるが、これが実際に明確に観測されている例は皆無と言ってもよい。フラーレン固体と類似の物質として有機分子性物質があげられる。Van der Waals固体という意味で類似している分子性固体の研究は非常に長い歴史を持ち、最近も超伝導、金属絶縁体転移などの電子物性を中心に急激な進展が続いているが、この系においては分子そのものの性格よりもその積層様式が固体物性を支配していると言われている。その意味で、フラーレンやナノチューブはそれぞれが非常にユニークなネットワーク構造を有しているため、これらが直接固体物性を支配する可能性は非常に高いと期待される。このためには、C60以外のフラーレンの固体相の電子状態の研究を系統的に行い、フラーレン固体相全体に共通する性質を抽出するとともに、各フラーレンに特徴的な物性を探索することが必要となる。一方、ナノチューブに対しては、(a)独特の電子状態に基づく量子干渉現象の探索、(b)ナノチューブ集合体特有の物性探索という二つの観点から研究を遂行したいと考えている。
2.研究計画と方法
(1)カーボンナノチューブ
カーボンナノチューブの電子状態に関しては、1997年に大きな進展があり、エネルギー準位構造とネットワーク構造の関係が明らかになった。現在、それを舞台にした新たな量子現象の発現が期待されてオリ、本研究でもそれを目指した研究を行いたい。理論的には、本特定領域の安藤らにより、ナノチューブ特有の円筒状の形状による量子効果が磁場を引加することによって顕著に現れることが予言されているとともに、実験においてもそれを示唆する結果が出始めている。しかしながら、このような量子効果を定量的に観測することは、無配向のナノチューブでは非常に困難である。そこで、その状況を改善するために、多層カーボンナノチューブを配向させることによって、磁場による異方性を観測することを目指す。具体的には多層カーボンナノチューブを高分子中に分散し、これを延伸することによって配向せしめる。われわれはすでに、配向した多層カーボンナノチューブの異方的ラマン散乱スペクトルを観測している。この配向ナノチューブを用いて、ナノチューブ特有のネットワークトポロジーを反映した量子干渉現象をマクロな測定手段、例えば磁化測定などによって検出する。
一方、単層カーボンナノチューブの電子状態は、共鳴ラマン散乱、光吸収によってかなり明らかにされてきた。本研究では、ナノチューブ凝集体(ロープまたはバンドルと呼ばれる)としての性質を明らかにしたい。特に凝集体得有の金属チューブにおける擬ギャップ問題、光吸収における高圧効果などを通じて凝集体を形成することによる影響を明らかにしたい。
更に本研究ではカーボンナノチューブのらせん度に依存した力学的性質を明らかにするため、計算機シミュレーションを行う。カーボンナノチューブの特徴は上述した電子物性としての特徴のみならず、大きなヤング率という極めて注目すべき力学的特性を有している。このことはナノチューブが極めて堅い物質であることを意味し、実用上はこちらの方が重要であるという指摘もある。実際、カーボンファイバーからナノチューブへの置き換えや、将来のナノ構造構造材料への応用の可能性が検討されている。本研究では、協力者の尾崎氏(大学院生)の開発した、タイトバインディング・オーダー(N)法による分子動力学計算を用い、カーボンナノチューブの力学特性のシミュレーションを行う。特に、チューブのバックリングなど弾性限界を越えた領域での力学的性質とそのらせん度との関係を明らかにしたい。更に、本手法は様々な系に適応できる可能性を有するため、フラーレン結晶における構造転移などにも適用したい。
(2)金属内包フラーレンと高次フラーレン
フラーレン科学の発展には、C60のみならず高次フラーレン、金属内包フラーレンなどの研究が不可欠である。そのためには、絶対量の確保が大きな問題である。基本となる大量分取装置を核にして、C100に至る高次フラレーンや、金属フラーレンを数10mgのオーダーで合成しうるシステムを構築する。このシステムは、他の研究グループの利用可能なものにする予定である。これを単結晶作製の原料として、あるいはインターカレーションの母体として使用する。原料フラーレンの利用法は、すでにC60で確立されており、この方法を新フラーレンに適用することで、新規な固体物性を探索し、新たな物性科学分野を切り開きたい。
金属フラーレンに関しては以下の2点に注目する。すなわち、(a)フラーレンケージ中を内包金属が運動する効果、(b)内包金属上のf電子とカーボンケージ上の伝導電子の相互作用の効果である。前者の効果は、構造物性として現れるほか、内包金属がf電子を有する場合は磁性に、それが反映される可能性がある。構造物性と磁性の相関を調べることによって内包金属の運動が、固体物性に現れるか否かを明らかにしたい。一方、後者の観点に立つと金属内包フラーレン固体はいわゆる高密度近藤系のアナロジーとしてとらえることができる。果たして、金属内包フラーレンは金属なのか否か、また、内包されたf電子はカーボンケージ上の電子と交換相互作用をするのか否かを、磁化率測定などから明らかにしたい。現実には後者は非常にエネルギースケールの小さな領域でも物理現象であることが予想され、極低温物性実験を共同研究として実施する計画である。また、磁性の側面からは、超強磁場下での磁化測定などを実施したい。
高次フラーレンは、そのインターカレーション化合物の探索を行う。特に、超伝導や強磁性を有する新物質の開発を目的とする。フラーレンの固体物性研究はいうまでもなく、C60とそのインターカレーション化合物の研究が中心であった。これには、C60が最も収率よく得られる物質であることに加えて、超伝導や強磁性など注目すべき物性が、C60化合物において発見されたからである。C60にしか特徴的な物性が現れないことは、フラーレン固体物性の一つの謎であるが、超伝導や強磁性を示す物質の探索が進むにつれて、C60特有の正20面体対称性から若干歪んだ構造でも超伝導が現れたり、C60を化学修飾したものからも強磁性が発現することが明らかになりつつある。すなわち、ケージ構造と超伝導あるいは強磁性の発現の相関について議論すべき時期に来ており、これが本研究の重要な意義でもある。