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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター No.1 (1999) pp.30-32

「金属内包フラーレンの分子物性の分光学的研究」

加藤立久(分子科学研究所)

研究概要・目標

  1. ランタノイド金属内包 フラーレンのスピン化学の確立。
  2. 内包金属原子モノマー・ダイマー・トライマーの分子内振 動・回転運動の直接観測。

内容

  1. ランタノイド金属内包 フラーレンのスピン化学の確立。
  2. ランタノイド金 属内包フラーレンの電子状態は内包された金属から外側のケージフラーレンネットワ ークへの分子内電荷移動で特徴つけられている。具体的には、M2+@C822-M3+@C823-と書き表せる電子状態で、中心正電荷と外側負電荷の間のクーロン相互作用 で安定化していると理解されている。その一つの実験的証拠として、都立大の菊地ら によるランタノイド金属内包フラーレンの系統的な近赤外・可視領域電子吸収スペク トル測定が挙げられる。内包金属の種類を変えても、統一的にM2+@C822-M3+@C823-に対応する2種類のスペクトルに分類できることが分かっている。つまり、 吸収スペクトルを特徴つけるクロモフォアはケージフラーレンの2価のアニオンC822-か3価のアニオンC823-と考え られる。例えばLaC82 Gd@C82の電子吸収 スペクトルはかなり良く一致しており、ともにその電子状態がM3+@C823-であると分類される。ところが、LaC82Gd@C82の電子配置を考え るとその電子スピン状態はかなり異なっていることが予想される。つまり、図に示す ように、LaC82では3個の電子 の分子内電荷移動後には不対電子はケージフラーレンのパイ電子軌道上にあり、有機 パイラジカルと呼ばれる一般的な2重項電子スピン状態が期待される。一方< FONT FACE="Times">Gd@C82では3個の電 子移動の後に、不対電子がGd金属の7つの4f 軌道上と、ケージフラーレンのパイ軌道上に存在して、その電子スピン状態は複雑と なる。つまり、電子スピン−電子スピン双極子相互作用、スピン−軌道相互作用、そ れにケージの結晶場の影響が関係する電子スピン状態となる。その複雑さを反映して Gd@C82の電 子スピン共鳴(ESR)スペ クトルは、La C82に比べると2桁以上広い磁場領域に広がった難解なス ペクトルを図のように示す。

    このように複雑なランタノイド金属内包フラーレンの電子スピ ン状態を統一的に解釈することが第一の目標である。このような基礎的な統一的解釈 は金属内包フラーレンの新しい磁気分子物性を理解したり、予言するためには不可欠 なものである。

  3. 内包金属原子モノマー・ダイマー・トライマーの分子内振 動・回転運動の直接観測

   金属内包フラーレンに内包された金属原子の分子内での 運動性は、その分子物性への影響という観点から重要である。La金属2個入りのLa2C80NMR測定や、Scトライマーが内包された< FONT FACE="Times">Sc3@C82ESR測定では分子内回 転運動の影響が実測されている。しかし、これら磁気共鳴測定で得られる情報は、ス ペクトルの線幅を介して得られる間接的なものである。そこで、第2の研究目標とし て、このような内包金属原子モノマー・ダイマー・トライマーの分子内振動・回転運 動の直接観測を行う。都立大学の永瀬らの理論計算では、フラーレンケージ内に作ら れる金属の感じるポテンシャルには、かなり大きい空間が予言されている。つまり、 ケージ内で金属原子の自由な振動・回転運動が可能であって、それは必然的に量子振 動・回転準位を形成する。その準位差は数十GHzから数千GHzと予想され、純度の高い金属内包 フラーレン試料を準備し、電波吸収スペクトルを測定することで、内包金属原子モノ マー・ダイマー・トライマーの分子内振動・回転運動の直接観測が可能である。これ が実現すれば、分子内での運動性が分かるばかりか、内包するダイマー、トライマー の分子構造・対称性、外側のフラーレンケージの対称性までもが、あいまいさなしで 決定できる。