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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク

ニュースレター No.1 (1999) pp.8-10


熱処理によるナノチューブの合成とボロンネットワーク固体の開発

 

             東京大学 大学院工学系研究科 材料学専攻

        大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻(予定)

木村 薫

研究目的

 我々の研究計画の特徴は、構成元素としてカーボンではなくボロンに注目している点である。本特定領域研究のキーワードは、「階層構造」と「ネットワークトポロジー」であるが、これらを統一的に理解するためには、カーボン(狭義のフラーレン)だけに焦点を当てるのでは不充分なはすで、シリコン(クラスレート化合物)やボロン(正20面体クラスター固体)も含めて議論する必要がある。

 カーボンナノチューブは炭素のみからなる元素物質であるが、同じ六員環ネットワークをもつ窒化ホウ素のナノチューブが、我々のグループ等により最近合成可能となった。また、C-B-Nの3元素からなるヘテロナノチューブ合成も報告され、理論的にも幾つかのヘテロチューブの安定構造が予言されている。異種原子のドープにより、ネットワークトポロジーで決まる電子構造とは独立に、ナノチューブの電子状態を制御することができる。一方、ボロンは3中心結合という特異な共有結合をし、正20面体クラスターを構造単位とする様々なネットワーク固体を作る。ボロンの三角格子ナノチューブも、量子化学計算で安定に存在し得るという結果が、極最近報告された。以上のようなヘテロナノチューブや新しいボロンネットワーク固体の合成条件を探索し、構造と物性の関連を明らかにする。

ナノチューブの合成は、アーク放電とレーザー・アブレーションの2つが主流だが、本研究では、我々が発見したアルカリ金属蒸気中での熱処理や、新たに電子ビームを用いた方法を採用する。対象として、ヘテロナノチューブ以外に、三角格子ボロンナノチューブや新しいボロンネットワーク固体を狙う。その結果、本特定領域研究の他のグループによって精力的に研究されるIV族のカーボンネットワークやシリコンネットワークと、III族のボロンネットワークを比較研究することにより、階層構造を持つ新しいネットワーク物質の物性科学の構築に寄与できる。

 

研究計画

a)熱処理によるBNナノチューブの生成条件の決定

リチウム蒸気下で、BN粉末とアモルファス・ボロン粉末を熱処理することで、BNナノチューブが生成する条件を、温度を変えたり、リチウムを他のアルカリ金属に変えたり、BNをAlNに変えたり、アモルファス・ボロンを結晶ボロンに変えたりして、調べ、生成機構を明らかにする。1300℃以上の高温で熱処理するためには、真空封入のための石英管とリチウムの反応を防ぐために使用していた従来のステンレス管では、穴が開いてしまったため、高融点のタンタル管が必要である。熱処理には、シリコニット炉を使用する。

 

b)C−B−Nヘテロナノチューブの合成と評価

1)と同じ方法で、偶然混入したカーボンにより、C−B−Nヘテロナノチューブが合成されることを確認しているので、カーボン粉末を加えることにより、組成を制御したC−B−Nヘテロナノチューブの合成を試みる。また、電子ビーム蒸着により、カーボンナノチューブの生成が報告されている2ので、この方法での作製を試みる。組成を制御したC−B−Nヘテロナノチューブの合成のためには、蒸着速度比を制御できる2元電子ビーム蒸着源を持った、今回申請のヘテロナノチューブ合成装置が必須である。本研究における上記2種類のナノチューブ合成法は、本特定領域の研究項目A01において用いられる、アーク放電法とレーザー蒸発法というナノチューブ合成の代表的方法と異なるユニークな方法であり、新奇物質の合成が期待される。また、合成物の評価は、強力X線回折装置、超高圧電子顕微鏡、EELS等で行う。

 

c)純ボロンの三角格子ナノチューブの探索l

量子化学計算によると、ボロンがユニークな3中心結合を持つことから、図1に示すような、純ボロンの三角格子準平面構造や、三角格子ナノチューブが安定に存在し得るという報告がされている3。1)で述べたBNナノチューブを合成した試料中に、純ボロン・ナノチューブの存在を示唆する結果も得ている。1)、2)で述べた2つの方法により、純ボロン・ナノチューブを探索する。1)、2)についての研究も含めて、リチウムより酸化され易いアルカリ金属を扱うためには、今回申請のグローブボックスが必須である。

 

d)リチウムドープα菱面体晶ボロンの合成と、超伝導の探索

α菱面体晶ボロンにリチウムをドープすると、超伝導が発現する可能性が、バンド計算により示唆されている。α菱面体晶ボロンは作製が難しく、これまで大きな単結晶や大量合成の報告は無い。最近、我々のグループは、アモルファス・ボロンを熱処理することにより、αボロン粉末を大量に合成することに成功した。これに、1)と同じ方法でリチウムをドープし、SQUIDを用いて超伝導発現の有無を調べる。また、αボロンについては、本特定領域研究の研究項目B02の高田等との共同研究によるMEMを用いた電子密度分布の解析により、正20面体クラスター内およびクラスター間の5種類のユニークな共有結合を観測しており、この結合がリチウムドープによって、どのように変化するかも大変興味深く、炭素やリンドープの場合と比較検討を行う。

 

e)他元素ドープβ菱面体晶ボロンの合成と物性および電子密度分布解析

β菱面体晶ボロンには、3種類のドーピングサイトがあり、元素によって、占有するサイトが異なる。さらに物性も、10原子%近くまでドープしても伝導率があまり大きくならず半導体的に止まる場合と、1原子%程度で伝導率が10桁近く大きくなり金属的になる場合がある。我々は、後者の場合、ボロンの正20面体クラスターの結合が、共有結合から金属結合に転換している可能性を提案している。このドーピングサイトは、図2に示すように、金属であるアルミ系正20面体固体では占有されている(第二殻)が、半導体であるβボロンでは空のサイトである。このドーピングによる結合の変化を、本特定領域の研究項目B02の高田等のグループとの共同研究として、MEMによる電子密度分布の解析により明らかにする。ドーピングには、アーク炉と雰囲気炉を使用する。

 

f)ボロン−金属系アモルファス薄膜の動径分布解析と電気物性

結晶シリコンは、侵入型にしろ置換型にしろ、0.1原子%以下の不純物しか固溶しない。前者では金属−非金属転移は起きないし、後者では起きるが結合自身はsp3の共有結合から変化しない。一方、アモルファス・シリコンでは、20原子%程度で、sp3の共有結合から金属結合への転換が起こり、金属へ転移する。これに対し、結晶ボロン(β菱面体晶ボロン)では、3つの置換サイトの内、ある特定のサイトに金属元素が入ると、1原子%程度のドーピングで、金属へ転移する。我々は、ボロンはIII族の元素であるためVI族のシリコンより金属結合をとり易く、一桁少ない侵入型の原子で、金属結合へ転換することを提案している。アモルファス・ボロンの局所構造は、正20面体クラスターを構造単位とするだけでなく、クラスターの繋がり方もβボロン的であることが知られており、アモルファス・シリコンより1桁小さい金属元素の組成で、金属への転移が起こると予想している。組成制御された2元アモルファス薄膜の作製のためには、今回申請のヘテロナノチューブ合成装置(電子ビーム蒸着装置)が必須である。局所構造の解析は強力X線回折装置で、電気物性は電気物性測定システムで測定する。

 

g)ボロン−シリコン系アモルファス薄膜の動径分布解析と光物性

アモルファス・ボロンは正20面体クラスターを基本構造としており、一方、本特定領域の領域代表者である斎藤により、アモルファス・シリコンは、シリコンクラスレート化合物と同様に、正12面体クラスターを構造単位としていることが提案されている。両者の2元アモルファス相において、これら2種類のクラスターを中心にした局所構造がどのように移り変わってゆき、それが光学吸収端や光伝導率等の物性にどのように反映されるかを、明らかにする。試料は6)と同じ方法で作製し、局所構造は6)と同じ方法で調べ、吸収測定には分光光度計を、光伝導の測定には光伝導測定システムを使用する。

 

参考文献

1) M.Terauchi, M.Tanaka, H.Matsuda, M.Takeda and K.Kimura : J.Electron Microscopy 1(1997)75-78.

2) L.A.Chernozatonskii, Z.Ja.Kosakovskaja, A.N.Kiselev and N.A.Kiselev : Chem.Phys.Lett. 228 (1994) 94-99.

3) I.Boustani and A.Quandt : Europhys.Lett. 40 (1997) .