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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター No.1 (1999) pp.26-29

フラーレン生成機構の研究
−特にStone-Wales転移の触媒探索−

豊橋技術科学大学工学部
代表者 大澤映二
分担者 Z. Slanina,後藤仁志,栗田典之,小澤理樹


1.経緯

フラーレン,ナノチューブ,ナノ粒子など所謂ニューカーボンは熱力学的準安定形であり,当然その生成は速度論支配であるが,これまでのところ合成手段として1800K以上の高温度を用いる方法しか知られていないので,詳細な機構に関する実験的情報は少なく依然として自然科学最大の謎の一つである。我々はフラーレン,就中C60を対象とし,これまでアーク放電法,レーザー剥離法など所謂高エネルギー気相法に焦点をあてて,計算化学的アプローチによって生成機構を追跡してきた。ただし正攻法的な計算化学手法を用いる限り,3次元籠状中間体の生成までは技術的に歯が立たない。今のところ計算可能なのは徐冷段階,すなわち約2000Kの温度で起こるとされている連続Stone-Wales転移による5員環再配置と5,6員環以外の環の消滅仮説である。


Scheme 1

まず,Stone-Wales転移に対して化学的な経験的考察のみに基づいて二重オレフィン−カルベン原子価異性化機構(Double olefin-carbene valence isomerization mechanism)を提案した(スキーム1a)。モデル計算の結果,この機構はあまりに活性化障壁が高く,クラスター崩壊を伴うので現実的ではないと結論した〔1〕。しかし,幸運なことに偶々技術的な理由から調べた徐冷段階が律速段階である可能性が高いことが判明したので,ついでに触媒探索計算を行なったところ,これまで知られていた炭素原子〔2〕以外に酸素原子が有効な触媒として働くことを見出した〔3〕(スキーム1b)。酸素分子はアーク放電などではフラーレン生成を阻害することが知られている。酸素原子の効果は未知であるにしても,アーク放電法などこれまで知られている方法では酸素源がないから,恐らくこの触媒効果は働かないと考えられる。

一方で,アーク放電法はフラーレン生産効率が悪いので,炭化水素燃焼によるフラーレン大量生産方法〔4〕を検討しているうちに興味深い事実に行き当たった〔5〕。ベンゼンの燃焼によるC60, C70の生成に際して,遷移金属錯体が目覚しい触媒効果を持つ(Table 1)。

    Table 1. Catalytic Effects of Transition Metal Complexes Added to Benzene upon the Formation of C60 and C70 in the Diffusion Flame


    additive


    concb

    effecta

    C60

    C70

    none

    0.0

    (1.0)

    (1.0)

    nickellocene

    1.1

    2.0

    1.1

    cobaltocene

    10.8

    4.0

    1.9

    ferrocene

    10.8

    1.5

    1.1

    Fe(CO)5

    10.8

    4.5

    1.5

    Ir(acac)3c

    9.3

    5.2

    1.7

    ruthenocene

    10.8

    8.3

    2.8

    aYield of fullerene in the presence of catalyst relative to that obtained in the absence of catalyst. bmmol/L. cacac=acetylacetonate.

これまでC60, C70の生成に触媒が有効に働いたという報告はないので、この触媒効果は酸素が存在して始めて現れたのではないだろうか?とすると上の計算結果と対応するのではないか?

ここまでが本特定領域研究計画申請までの状況であったが,最近に至って一見関連のないと思われる分野で興味深い観察が行なわれ,それが本研究テーマと結びつくかもしれない状況になった。


2.天然フラーレン

天然および「半天然」(これは新しい造語)フラーレンを探索している内に中国産の特定の石炭サンプル中にこれまでに前例のない高濃度でC60が存在することを認めた(図1)。最初の報告者はP.H.Fang氏であるが〔6〕,我々は依頼をうけて再分析を行い,異常な高濃度を確認した。いまのところ,このような高濃度フラーレン含有石炭は一個所見出されたのみであるが,中国およびアメリカの数か所の炭田から取寄せた石炭サンプル中から微量であるがC60が検出されたので,石炭はフラーレン源として検討する価値があると思われる。当然,現在知られている嫌気高温条件以外の低温フラーレン生成プロセスが存在することが示唆される〔7〕。



図1 中国雲南省禄豊郡一平浪炭鉱 K1bE 層から採掘された石炭中の HPLC 分析による C60 濃度。微粉砕洗浄処理後,試料中の C60 濃度は放置時間と共に 1 次反応速度式に従って急速に減少する。これは 109 回/秒の速さで回転している C60 分子が一般ブラウン運動によって石炭粒子中を拡散移動し表面から昇華散逸するためと理解される。採掘時初濃度 0.3 %と推定した。


3.計画

    (1)Fang 氏の発見の更なる確認。その為に平成 11 − 12 年にかけて地質学者と共同して中国南西部を中心とする石炭層におけるフラーレン分布を現地調査する予定である。

    (2)Stone-Wales 転移に見られるとされる酸素原子触媒効果に遷移金属がどのように関与するか?金属酸化物の可能性は?

    (3)予混合層流炎による燃焼実験によって遷移金属触媒効果を確認する。成功すればフラーレン大量生産の実現可能性を検討する。

    (4)固層低温フラーレン生成機構に関する考察と実験による実証を行なう。成功すれば(3)と同様にフラーレン大量生産の実現可能性を検討する。この場合,雲南石炭とロシアカレリア地方に大量に埋蔵されている高炭素鉱石 shungite との関連が興味深い。後者にも 10ppm 程度の C60,C70 が含まれているというロシア人の報告があるので確認する。その為にロシア科学アカデミーカレリア地質学研究所と協定を結んで shungite サンプルを入手し分析中である。雲南石炭と shungite にはもう一つの顕著な共通点がある。それは両者共に優性ミクロ構造が多層球状グラファイト変態であるという事実である。 HRTEM 観察によると,前者は globule が繋がりあったガラス状炭素に酷似し, globule の大きさは数十 nm であるが中心は大きな空洞を残すと考えられている。これに対して,後者は不規則なバッキーオニオンに良く似ていた,やはり数十 nm の大きさの globule が乱雑に積み上がった構造である。このような globule の生成機構が恐らC60, C70の成因と関連していると予想される。


引用文献

〔1〕(a) Osawa, E.; Slanina, Z.; Honda, K.; Zhao, X. Fullerene Sci. Technol. 1998, 6 [2], 259-270. (b) Osawa, E.; Slanina, Z.; Honda, K. Mol. Mat. 1998, 10, 1-8.

〔2〕 Eggen, B. R.; Heggie, M. I.; Jungnickel, G.; Latham, C. D.; Jones, R.; Briddon, P. R. Science 1996, 272, 87-89.

〔3〕Osawa, E.; Slanina, Z.; Honda, K.; Zhao, X. in 'Proceedings of the Symposium on Recent Advances in the Chemistry and Physics of Fullerenes and Related Materials', Vol. 5, Ruoff, R. S.; Kadish, K. M. (Eds.), Electrochemical Society: Pennington, N. J., 1997, Proceedings Volume 97-42, 138-146.

〔4〕Ozawa, M.; Deota, P.; Osawa, E. Fullerene Sci. Technol. 1999, 7[3], 387-409.

〔5〕Ozawa, M.; Osawa, E., Carbon, 1999, 37[4], 707-709.

〔6〕(a) Fang, P. H.; Zhou, X.; Tao, R.; Wang, Q.; Mu, C.; Wu, X. Innov. Mat. Res. 1996, 1, 129-134.(b) Fang, P. H.; Wong, R. Mat. Res. Innov. 1997, 1, 130-132.

〔7〕(a) Osawa, E. Fullerene Sci. Technol., 印刷中. (b) 大澤映二,超微粒子とクラスター懇談会会報1999, 2 [2], p. 3-6.



Eiji OSAWA & Hitoshi GOTOH
1999-06-28