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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター No.1 (1999) pp.39-40

電子構造計算による各種フラーレンの物性理解と物質設計

東京工業大学大学院理工学研究科  斎藤 晋



フラーレン・ナノチューブ系は、原子間共有結合ネットワークトポロジーに 依存してその電子構造、ひいては物理的・化学的性質が 大きく変化する、魅力に富んだ疑似原子系=物質構築単位である。 そのため、この分野においては、定量的電子構造理論研究が実験研究と 相互に強く影響しあい、研究領域全体の進展に寄与してきた。 このことは、フラーレン・ナノチューブ系を構成単位とする 階層性を持つ固体新物質相の研究の展開が進むと期待される今後においても、 本領域の基本的な特徴として不変と考えられる。 各種フラーレンの合成研究においても、 無限の可能性を秘める、多様なネットワーク構造をもつ高次フラーレン 及び異種原子・分子内包フラーレンのなかから、ターゲットすべき フラーレンを提案ことが、まず、理論研究者に求められている。 そのためには、 単に、フラーレン1分子としての性質のみに着目し、その期待される物性を 議論するだけでは不十分である。 それらを構築単位とした固体相・化合物相の物性まで見通した研究を通して 初めて、ターゲットとするフラーレン系を定めることが可能となる。
本計画研究においては、上記の点に留意し、合成・精製を進めるべき 高次フラーレン・内包フラーレン系の提案、 さらに、それらを構築単位として合成が期待される 固体新化合物の物性予測を、定量的な電子構造計算に基づく研究により 成し遂げることをその主目的とする。 さらに、ナノチューブ系も含め、 これまで既に合成・単離がなされている各種の高次・内包フラーレンの 物理的・化学的性質の解明とそれらを 構築単位とした新化合物固体の設計も試みる。 また、分子動力学からのアプローチを通して、 フラーレン・ナノチューブ構造体の生成過程を解明することも、 その目標の一つとしている。 プラズマ状の炭素原子ガスからC60をはじめとする フラーレン系がどの様に大量に生成されるかが 解明されれば、今後、ターゲットとすべき新フラーレン・ 新ナノチューブの合成研究にも、大きなインパクトを与えられることが できると期待される。
この様に、本計画の特徴として、各種フラーレンの性質を、固体相まで 視野に入れて研究を展開することが挙げられる。 この物理学・化学両面からフラーレン系の物性研究の展開を計る という、他の研究グループにはないアプローチにより、 独創的成果をあげることを目指している。 この様な複合的研究方法は、 有限クラスター系の研究の萌芽期である1980年代から、 物性物理学的観点からクラスター系を新物質相として 研究を進めてきた過程において役立ったものである。 本計画研究において 個々の系に対して適用する手法も、 いわゆる第一原理計算・ 定量的タイトバインディング法・ さらには、原子間モデルポテンシャル法も組み合わせ、 これまでに用いてきた多様なレベルの電子構造計算手法の中から、 その目的に合わせて選択する。 フラーレン・ナノチューブ領域は、 炭素・シリコンといった、無尽蔵ともいえる元素群から、 新しい機能を持つ物質の構築単位を合成するという、 今後の我が国にとって最も重要な物質科学分野の一つである。 その展開に、本計画研究により、 上記の面での寄与を成し遂げたい。

具体的には、以下のテーマについて研究を展開する計画である。

○高次フラーレン系の 電子構造の研究と、その知見に基づく新フラーレン 固体化合物の設計を 試みる。 すでに、主要な高次フラーレンの電子構造は、タイトバインディング法による 結果は得ているので、 興味深い新化合物合成の可能性がより高いフラーレンを選び出すことができる。 それらについて、より詳細な電子構造解明を密度汎関数法により行ない、 異種元素との固体化合物相の設計を試みる。

○高次フラーレン系では、さらにポリマー固体相の探索も行なう。これは、 sp2とsp3炭素複合新固体相である C60ポリマーに示されたように、 フラーレンの物質構成単位としての可能性に新しい次元を加える重要な研究 課題である。 密度汎関数法とタイトバインディング法を併用して研究を進める予定である。

○金属内包フラーレン系については、C60内包系など、 これから大量合成が 期待される系も含め、その物質構成単位としての物性解明を進める。 さらに、その固体凝集相の電子構造と安定性の解明も調べる。

○ナノチューブ系固体化合物相の設計

○タイトバインディング分子動力学法による炭素クラスターの反応過程 を研究し、フラーレン・ナノチューブの生成過程解明を目指す。

上記の研究を進めるに当たり、実験研究からのフィードバックを 採り入ることを心がけたい。 また、ある時期には、 重要かつ興味深い系の研究に集中的な研究体制を取る方針である。



Susumu Saito