ダイヤモンドの物理



炭素同素体の構造と結合様式
炭素は原子の"結合のし方"によって様々な性質を持つ。 3次元的に結合したものがダイヤモンドであり、2次元的に結合したものがグラファイトであり、1次元的に結合したものがカルビンである。以下にそれぞれについて簡単に説明した。

ダイヤモンド
炭素原子が 一重結合により立体的に結合したものがダイヤモンドである。この構造の基本単位は正四面体からなっている。この構造はどの方向から圧力にも安定であり、炭素原子間の結合が非常に強い共有結合であることがダイヤモンドの硬さや弾性力の大きさの原因であると言える。(電子軌道はsp3混成軌道)

グラファイト
炭素原子の共有結合が二次元的に広がっている場合であり、その層間はファンデルワールス結合によっている。グラファイトは一本の結合手が緩く結合に関わっているため、電気電導性を示す。常温、一気圧での安定相はグラファイトである。(電子軌道はsp2混成軌道)

カルビン
炭素原子の一次元の構造を持ったものである。詳しいことはまだわかっていない。(電子軌道はsp1混成軌道)

アモルファスカーボン
ダイヤモンドやグラファイトの結晶格子が非常に小さくなり、回折的に短距離秩序のみになった場合の総称としてアモルファスカーボンがあると言える。

光学的性質
ダイヤモンドは光学的透過率により以下の四種類に分けられる。

Ia 型ダイヤモンド
0.1%以下の窒素を不純物として含有しているダイヤモンドであり、結晶中に薄板状に窒素が偏折していることが観察されている。天然ダイヤモンドの多くがこれに属する。

Ib型ダイヤモンド
窒素を不純物として含有しているが、分散した形で結晶中に含まれる。高圧合成ダイヤモンドの多くがこれに属する。

IIa 型ダイヤモンド
不純物としての窒素の含有量が非常に少ないもので、低圧気相合成ダイヤモンドはこの型に属する可能性が強い。

IIb 型ダイヤモンド
不純物としてボロンを含むダイヤモンドで、半導体的性質を示す。低圧気相合成の成長時にボロンをドープする方法が考えられる。

熱的性質
ダイヤモンドは現在知られている物質中で最も熱伝導率が大きい。熱伝導を起こす原因として金属では自由電子がこれを担っているが、絶縁体のダイヤモンドでは格子振動がこれを担っていると考えられている。熱伝導率が大きいことは電子デバイスに用いる場合重要な特性といえる。またダイヤモンドの特徴として、熱膨張率が非常に小さいことが上げられる。

電気的性質
ダイヤモンドおよびその他の半導体の電気的諸物性をTable.1に示す。ダイヤモンドは大きいバンドギャップを持っており、ワイドギャップ半導体でダイヤモンドよりも大きいバンドギャップを持っているのはc-BNのみと言える。これはダイヤモンドのデバイスが耐熱性に優れているであろうことを予想させる。
誘電率は他のものと比べてかなり小さい。これは高速動作が要求される場合に重要な特性である。
またキャリヤの移動度も電子の移動度こそGaAs に劣るが正孔の移動度は他を寄せつけない。このことはダイヤモンドが高周波デバイスに有力であることを意味している。また電子とホールの移動度がほぼ同じであることも他の材料にない特性であり、電子と正孔を同時に利用できるデバイスが考えられる。 ダイヤモンド、その他の半導体材料に不純物をドープした場合のバンド構造をFig.1に示す。ダイヤモンドの場合窒素をドープしてもコンダクションバンドの下から4eV という深い位置にドナーレベルができてしまうため半導体特性を示さない。このため完全なn型半導体ダイヤモンドは現在できていない。
Si GaAs 3C-SiC Diamond
エネルギーギャップ[eV] 1.1 1.4 2.2 5.5
誘電率 11.9 13.1 9.7 5.7
熱伝導率[W/cm・K] 1.5 0.5 4.9 20
電子移動度[cm2/V・sec] 1500 8500 1000 2000
ホール移動度[cm2/V・sec] 450 400 70 2100
Table.1

低圧下でのダイヤモンド気相合成

合成方法
気相法によるダイヤモンド合成法は、熱フィラメントCVD法、マイクロ波プラズマCVD法、DCプラズマCVD法、アーク放電プラズマCVD法、プラズマジェットCVD法、燃焼炎法などがある。
現在我々の研究室で行なっている合成方法は、マイクロ波プラズマCVD法である。この方法は、マイクロ波電源から導波管を通して反応室に電力を供給し発生させたプラズマによってダイヤモンドを合成する方法である。マイクロ波は1GHz〜数100GHzの領域の電磁波を指すが、ダイヤモンド合成に用いられているのは商用周波数として認可されている2.45GHzが多い。
マイクロ波プラズマCVD法は、プラズマが無電極で発生させられるため不純物が混入し難い点が利点と言える。しかし、成長速度が比較的遅い点に問題がある。\\ {\footnotesize\bf $ 高圧法 \left\{ \begin{array}{ll} 高温高圧法 & \\ 衝撃法\\ \end{array} \right. $ \\ \vspace{15mm}\\ $ 気相合成法 \left\{ \begin{array}{lll} \vspace{-25mm} & & \\ {\bf CVD} 法 & { \vspace{-20mm} \left\{ \begin{array}{ll} 熱分解{\bf CVD法}、化学輸送法 & \\ \vspace{-32mm} 非平衡{\bf CVD} 法 & {\hspace{-20mm} \left\{ \begin{array}{l} 熱フィラメント{\bf CVD} 法(熱励起)\\ 電子衝撃{\bf CVD} 法(分解、励起)\\ プラズマ{\bf CVD} 法(放電励起)\\ \hspace{4mm}マイクロ波プラズマ\\ \hspace{4mm}{\bf RF}プラズマ\\ \hspace{4mm}{\bf DC}プラズマ\\ \hspace{4mm}{\bf DC}プラズマジェット\\ \hspace{4mm}アーク放電プラズマ\\ 燃焼炎法\\ 光{\bf CVD} 法(光分解、励起)\\ \end{array} \right. } \\ \end{array} \right. } \\ \vspace{23mm} & & \\ {\bf PVD} 法 & { \left\{ \begin{array}{l} イオンビーム法(炭素原子イオン、加速、注入)\\ イオン化学蒸着法(炭素原子イオン、加速)\\ スパッタリング法(アルゴンイオン、衝撃)\\ \end{array} \right. } & \\ \vspace{-15mm}& &\\ \end{array} \right. $ }\\ \vspace{3mm}\\ \begin{center} Fig.2~~ダイヤモンドの合成方法 \end{center} \newpage \item 核発生促進のための基板前処理 \\ マイクロ波プラズマCVD法で前処理なしで滑らかな基板上にダイヤモンドを合成しようとしても、低密度でしか核発生しない(10*4/cm-2程度(Si 基板))。そこで高核発生密度を得るために様々な前処理が考案されている。以下に代表的な前処理を示す\

○きず付け処理
基板表面をダイヤモンドパウダーなどの硬質材料などできず付けすることによりダイヤモンド析出密度を向上させる方法を傷つけ処理という。この方法は核発生促進効果は顕著だが(10*11/cm-2程度(ダイヤモンドパウダーの場合))、ダイヤモンド析出方位はランダムになりやすい。

○高濃度メタン処理
10〜90$\%$の高濃度メタンのマイクロ波プラズマで基板を処理することを高濃度メタン処理という。気相から核発生させる方法であり基板に対するダメージは小さいが、核発生促進効果は顕著ではない(10*9/cm-2程度(c-BN 基板))。

○バイアス処理
基板側が負になるようにバイアスをかけながらメタン-水素のマイクロ波プラズマで基板を処理することをバイアス処理という。気相から核発生させる方法であり、核発生促進効果も顕著(10$^{9}$〜10$^{11}$cm$^{-2}$程度)なので、現在マイクロ波プラズマCV\\D法で高配向性、高核発生密度を得る前処理としては最も有力である。しかし、電極をプラズマ中へ挿入するため不純物が混入する可能性がある。

ダイヤモンドの電界放出特性
近年、ダイヤモンドを電界放出素子(Field Emitter :FE)の陰極材料として用いる研究がななされている。私の行なった研究もFE を目的としておりFE としてのダイヤモンドの特性について述べる。

電界放出素子
真空管が熱陰極から電子を放出するのに対し、真空素子では"冷陰極"を用いる。冷陰極とは、加熱することなしに電子を放出させる陰極(エミッタ)である。微細加工性、高融点、低仕事関数が必要条件である。ダイヤモンドはこれらの条件に対して非常に良い特性を持っている。

○原理および構造
電界放出では、量子力学的なトンネル現象を利用して電子を固体表面から真空準位ヘ引き出す。強電界を掛けてポテンシャル障壁を薄くすると、電子はトンネル効果によって確率論的に真空準位に飛び出すことができる。 \\ 電界放出における電界-電流の関係は、Fowler-Nordheim の式で解析的に説明できる。電流密度J~[A/cm2]は、
\begin{center} {\it J=AF $^2$/$\phi$} {\rm exp}{\it [($-$B$\phi$\(^\frac{3}{2}\))/F]}\\ {\it (F=$\beta$V)} \end{center}
で与えられる。ここで、A 、Bは実用的な範囲では定数である。βは、印加電圧V[V]を素子の幾何学的因子により 電界強度F[V/cm] に変換する係数である。上式に電子放出部の面積a[cm2] を掛けて電流I[A] として両辺の対数をとると、
\begin{center} log({\it I/V $^2$)=$-$B($\phi$\(^\frac{3}{2}\)/$\beta$)$\cdot$(1/V)+C($\phi$,$\beta$,A,a)} \end{center}
が得られる。ここで、C(φ、β、A 、a)は定数となる。この式より、log(I/V*2)と1/Vが直線関係なることが示される(FN プロット)。
電界放出特性は、仕事関数φの小さい材料ほど、幾何学的因子βの大きな素子形状ほど、大きくなることがわかる。

○ダイヤモンドの特徴
近年、ダイヤモンドをエミッタ材料に用いるアイディアが出されているが、これはダイヤモンドの 1×1構造の(111)面が負の電気親和力を持つという理由のためである。したがって、トンネル効果を使うことなく低い電圧で高電流を取り出せる可能性がある。n 型ダイヤモンドができればダイヤモンドFE の実用化への期待が高まるだろう。
また、ダイヤモンドの特徴として、高温安定性(< 1100°C)、耐スパッタリング特性がある。酸素雰囲気下でも600K まで、不活性ガス中では1800K まで安定である。スパッタリングによるエッチング速度は、シリコンの1/7 である。この二つの特徴からも、ダイヤモンドはエミッタ材料として従来材料の問題点を解決できるであろうと期待できる。