ダイヤモンドの気相合成

合成方法

気相法によるダイヤモンド合成では、原料物質に高純度の 物を用いることによってダイヤモンド中に取り込まれる不純物の量を低減でき る。また、気相法であるがゆえに基材上に薄膜として被覆することができる。こ れらに理由でダイヤモンドの応用研究が活発になった。現在のダイヤモンド研究 活性化の起点となったのは、Matsumotoらによる熱フィラメントCVD 法によるダイヤモンド合成である。それ以降、マイクロ波プラズマCVD法、高 周波プラズマCVD法、直流プラズマCVD法、燃焼炎法等が次々と開発され た。以下に主な気相法を挙げる。

(1)熱フィラメント法

2000℃付近に加熱した夕ングステンのフィラメントで 原料ガスを解離して基板上にダイヤモンドを堆積するものである。周りの電気炉 で温度を800℃付近に保つことによりフィラメントと基板との距離を離すこと ができる(通常の間隔は数mm)。成長速度は数μm/hourである。装置の構造 が簡単であるが、大面積に堆積できない。またフイラメントからの汚染がある。

(2)マイクロ波プラズマCVD法

マイクロ波(通常は一般での使用が認められている2.4 5GHz)で分子を加熱、解離するのがこの方法の原理である。電極を用いない で放電させるので汚染の心配がない(しかし後に述べるバイアス処理では電極を プラズマ中に配置するのでこの点については合っていない。広範囲に成長するこ とも可能である。しかし、成長速度が1μm/hour以下である。当研究室では無 機材研型の装置を用いているが(これはマイクロ波がTE{10}モードになっ ている)、海外ではマイクロ波のモードが異なるASTeX方式が主流となって いる。これによりさらに大面積での合成が可能となっている(3インチ程度)。

(3)直流プラズマジエットCVD法

高圧バイアスを印加してArHガス中で放電 させ、途中からメ夕ンを導入して(放電を安定させるため)合成に有効なプラズ マを放出させるものである。プラズマ密度が大きく、また高温プラズマである (10000K以上)。そのため基板を水冷する必要がある。またプラズマ密度の変 化が大きいので基板の位置も重要なパラメー夕となる。成長速度は10μm/hour 程度である。

図1.5 フィラメントCVD 法、 図1.6 マイクロ波プラズマCVD 法

前処理

ダイヤモンド気相合成を行う場合、前処理せずにそのまま 成長を行うと、核発生はほとんど起こらない(〜104個 /cm2)。そこで核発生密度を向上するために様々な前処理が開発さ れている。以下に傷つけ処理とバイアス処理について示す。

(1)傷つけ処理

傷つけ処理とは粒径数μmから数十のμmのダイヤモン ドやシリコン カーバイド(SiC)で基板表面に微小の傷を付ける方法であ る。傷つけ方法としては、平らな板の上にダイヤモンドパウダに水等を加えペー スト状にしたものを広げ、この上で基板に荷重をかけて移動させることにより傷 を付ける方法(手研磨、図1.7(a))、ダイヤモンドパウダを溶剤中に分散させた 容器の中に基板を入れ、超音波洗浄器によりにより超音波を照射しダイヤモンド パウダを基板表面に衝突させることにより傷つける方法(超音波処理、図1.7(b) )がある。制御性、再現性等により後者が最もよく用いられる。傷つけ処理によ り基板には微小な傷が付けられ、その穴または応力の集中した箇所が核発生点に なると考えられている。この場合、傷の大きさとしては10μm程度の比較的滑 らかな形状の傷が核発生中心となるという報告がある。さらに、ダイヤモンドパ ウダで傷つけ処理を行った場合、ダイヤモンドの微結晶が基板表面に埋め込まれ ることが透過型電子顕微鏡(Transsition Electron Microscopy:TEM)によ って確かめられている。ただしシリコンカーバイドパウダ等のダイヤモンド以外 のパウダを用いた傷つけ処理においても核発生密度の増加が確認できるので、ダ イヤモンド微結晶が埋め込まれることは必要条件ではない。

図1.7 傷つけ処理

(2)バイアス処理

バイアス処理とは、ダイヤモンド合成中に基板側が負にな るように直流電圧をかける前処理を言う。バイアス処理を行うと核発生密度を飛 躍的に( 10 11 個/cm 2 程度 ) 向上させることが可 能である。その効果には以下のようなものが考えられる。

 

(a) 基板表面の洗浄効果

初期の基板表面の洗浄化は薄膜形成に重要である。これに は水素イオンなどによるスパッ夕リングが効果的で、そのエネルギーは物理的吸 着で数分の1eV、化学的吸着で数eVでよいと言われている。

(b)核発生サイトの導入

イオン衝突(エネルギーは数十eV程度)で基板表面に形 成される原子サイズレベルの「欠陥」がサイトになると考えられる。

(c)表面マイグレーションの活性化

熱平衡では原子はたかだか数百原子問隔しか移動できない が、イオン照射の効果により移動距離が数桁上がることが知られている。

(d)堆積の促進

基板表面のィオンの過飽和度をあげることができる。その 結果、再蒸発に打ち勝って堆積を進めることができる。

(e)選択エッチング

最適エネルギーの照射により結合の弱い物質を選択的に除 去でき、希望する薄膜を生成することができる。

 

一般的に外部印加バイアスは−50〜−200V程度であ る。したがってシースにかかる電圧は(バイアス電圧)+(プラズマ電位)とな る。もし、イオンがシース間で無衝突で基板表面に到達すれば、イオンエネルギ ーはシース間の電圧に等しくなる。しかし、今回用いた圧力では平均自由行程が シースの厚さに比べて短く、シース中で何回か衝突が起こるためイオンエネルギ ーは減少する。シースの厚さをd、シースにかかる電圧をVshと するとd2はほぼVsh3/2に比例す る。基板バイアスを−100Vとするとシースは約600μmと計算できる。ま た、分子の平均自由行程は、

λg=kT/((√2)πpd2)T:温度、 p:圧力、d:分子の衝突断面積

と表され、温度1000K、圧力30Torrのもとでは 数10μmであるから、イオンはシース間で数10回衝突する。よって基板に到 達するイオンのエネルギ一は〜10eV程度であると考えられる。

 

ダイヤモンド薄膜合成の基板の影響

(1) ダイヤモンド基板

基板には高圧合成ダイヤモンドまたは天然ダイヤモンドを 用いる。ダイヤモンド基板の場合はエピタキシャル成長をさせることができる。 成長様式はステップ成長すなわち、Frank−van der Merwe型に なる。

(2)c−BN基板 (立方晶窒化ホウ素)

c−BNはダイヤモンドと格子定数が近く(ダイヤモンド 3.57Å、c−N3.62Å)、また構造がせん亜鉛構造なのでエピ夕キシャ ル成長が行いやすいと考えられる。事実、非常に結晶性の良いエピ夕キシャル薄 膜が合成されている。この場合c−BNの(111)B面が良いという報告がさ れている。ただし、c−BNが基板ではなく粒子しか作れないというのが問題で ある。この材料の薄膜合成も当面の課題となっている。

(3)Si基板

シリコン基板は品質の高い(単結晶)基板が安価で入手で きる。したがってダィヤモンド薄膜の合成の研究には最も用いられている。成長 様式はVomer−Weber型、すなわち核をつくって3次元的な成長をする ものである。ところがシリコンとダイヤモンドの格子ミスマッチが34%もある ためエピ夕キシャル成長は望みにくい。しかし後述するバイアス処理と炭化処理 を用いてS.D.Wolterらが配向成長を行った報告がある。これはシリコン 上にSiCをバッファ層として作成することによって、ミスフィットを少なく (18%)すること配向成長がなされると考えられる。

(4)β−SiC基板

β−SiCはシリコンを熱炭化する方法または気相合成に よって得られる。β−SiC基板の場合Si基板で炭化処理(この場合はCVD 装置でのin−situ処理)を行った時よりも薄膜の平坦性が高い。炭化処理 を行った場合、ストライプ構造が見られる(Fig1.4.8)。これらは互い に直行したストライプが走る領域に分けられ、β−SiC(100)表面構造に 起因した内因的な物であると思われる。このことからこれらの領域は互いに逆位 相(anti−phase)の関係にあると考えられている。

(5)Pt基板

プラチナは、ダィヤモンドとの格子ミスマッチが9.2%と 比較的小さい。そのためヘテロエピ夕キシャル成長する可能性が高いが、核発生 密度が低いという問題がある。これは、Ptが炭化物を作らないためと考えられ ている。また、基板が高価であることも実用化には問題があるだろう。

(6)Ir

Irは現在もっともヘテロエピ夕キシャル成長分野で進ん でいる基板材料である。ダイヤモンドとの格子ミスマッチは7.4%と小さい。S uzukiらは、酸化マグネシウムMgO(100)にIrをエピ夕キシ ャル成長した物を基板に用いている。これにより一部が透明になる高品質なダイ ヤモンド薄膜を得ている。

(5)その他

エピ夕キシャル成長が見られるものとしては、グラファイ ト、Ni、Co等がある。なおW、Ti、Moなどでも合成が試みられている が、エピ夕キシャル成長は報告されていない。表12にダイヤモンドの 成長様式と基板との格子ミスマッチを示す。シリコン、β−SiCを除いては格 子ミスマッチの小さいものがヘテロエピ夕キシャル成長に成功している。これら は炭化物を形成しないので核発生および結晶成長については結晶成長理論が適用 できる。しかしシリコン基板では炭化物、すなわちSiCが核発生時に存在しう るので、その核発生機構は基板との結合のほかにSiCの生成も考慮しなければ ならない。

表1.2 格子ミスマッチ

基板

格子ミスマッチ(%)

Diamond

0

c-BN

1.4

Si

34

β-SiC

18

Graphite

4(G(0001)||D(111))

Ni

1.1

Co

0.6

Pt

9.2

 


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