フラーレンには幾何学的に数多くの異性体が存在し、フラーレン表面の五員環と六員環の配列の違いによって異性体固有の性質を示す。しかし、実際に抽出・単離される異性体はごくわずかなので、フラーレンの性質を応用・発展させるためには、その構造を明らかにする必要がある。この意味でも、金属内包フラーレンの構造解明は、最近の最重要課題である。
我々はこれまで、系統的な理論研究により金属内包フラーレンの構造予測の確立を試み、金属は生成量の多い空フラーレン異性体に必ずしも内包されないことを提唱してきた[1]。このことは、NMRやMEMによる粉末X線構造解析によっても確認された。これらのケージ構造は、空フラーレンで見いだされているように互いに離れた五員環と六員環からなり、いずれも孤立五員環則(IPR)を満たしている。しかし最近、金属内包フラーレンはこれまでの定説に反して、IPRを満たさないばかりでなく、七員環を含む構造さえも極めて安定になることを初めて見いだした[2]。例えば、Ca@C72ではFigure 1に示すaだけがIPRを満たす。しかし、IPRを満たさないbとcや、七員環を含むdとeなどがIPR構造のaよりも極めて安定となる。
このような隣接五員環や七員環をもつ新しいケージ構造は、新規な物性が期待されるばかりでなく、空フラーレンで豊富に抽出されるのにも関らず金属を内包したC60の単離がなぜ困難なのか、という長年の課題を解く鍵ともなり、最近大きな関心が寄せられている。しかし、これらの安定構造を予測する簡便で一般的な方法は全くわかっていない。本研究では、これまでの理論研究の成果と経験を活かし、以下を目的に系統的かつ理論的な研究を行う。
(1) 新しい構造を予測するための一般則の確立
(2)これらの構造に由来する新規な物性と反応の解明と新固体相への応用
(3) M@C60の本性の解明
(4) 生成機構の解明
本年度は以下の研究を行う。
予備的研究により、金属を多く内包するほど金属から数多くの電子移動が起こり、隣接五員環や七員環をもつ新しいケージ構造が、IPR構造より安定になることがわかってきている。そこで、Figure 2に示すように金属を2〜4個内包したフラーレンの安定構造の解明を行う。
IPRを課さないと、ケージ構造には何十万個もの候補が考えられる。しかし、これまでに提案されているIPRなどの安定構造を予測する方法は、全てIPRを満たす空フラーレンを対象として確立されたものであり、本研究の目的にはそのままでは適用できない。そこで、(i) IPR類似指数、(ii) 五員環指数、(iii)
六員環指数、(iv) 七員環指数、(v) POAV、(vi) C2付加指標、などにより候補構造を数百個程度に絞るプログラムを確立し、内包金属から電子移動したアニオン状態で安定になる構造を数十個厳選する。これらに金属を実際に内包させ、高精度のab initio分子軌道および非局所密度汎関数計算を行う。以上の結果から、新しいケージ構造を安定にする要因を明らかにし、金属内包フラーレンの構造予測の一般則を確立する。
次に、酸化還元電位や電子密度、振動数、磁気遮へい定数などの観測可能な基本的性質を明らかにする。また、気・液・固相それぞれに固有の特性を見つけるために、単分子の性質だけでなく分子が複数個集まったとき、あるいは他の分子が近づいたときなどに起こる特徴的な相互作用を、電子密度や分子軌道から明らかにすることも試みる。
[1] For a review, see; S. Nagase, K.
Kobayashi, T, Akasaka, J. Comp. Chem.,
19 (19980 232.
[2] K. Kobayashi, S. Nagase, M.
Yoshida, E. Osawa, J. Am. Chem. Soc.,
119 (1997) 12693; For a recent
review, see; S. Nagase, K. Kobayashi, T. Akasaka, J. Mol. Structu. (Theochem), 461-462
(1999) 97.