研究の目標
フラーレン固体には興味ある物性を示すものが少なくない.TDAE−C 60 は、16K以下で強磁性的な磁気秩序状態を持つことが知られている し、A1C60 (Aはアルカリ元素)は50K以下で反強磁性 的な基底状態を持ち、その振舞は単純な解釈を受け入れない興味深さがある.本研究 の目的は、電子状態を探る上で有用なESR法の温度軸に加えて周波数軸と圧力軸を 加えることにより、その電子状態のより深い理解を進めることにある.TDAE−C 60では圧力により分子間距離を、即ち、スピン間の交換相互作用を変え ながら、強磁性共鳴の観測を通じ、磁気的な相互作用の情報を得ることを目指してい る.又、A1C60 では反強磁性的な基底状態が圧力により非 磁性に変わるとも言われており、基底状態を決めている磁気的、電気的相互作用を調 べることを目的とする.
圧力下でのESR測定の予備的な実験は、最も単純な構造を持つゼオライトの一 種であるソーダライトにNaをドープした、ソディウム・エレクトロ・ソーダライト (略称SES)に適用し、常圧で50Kの反強磁性転移温度が、圧力と共に下がるこ とを見いだしている.現在、加圧用クランプセルの改良を進めており、現状の最大圧 力約10kbarを更に上げることを目指している.
研究計画
<TDAE−C60>
この物質は16K以下で強磁性的な基底状態を持つことは1991年から知られ ているが、その発現機構、磁気構造については種々の解釈が為されてきたにも拘わら ず、現在まで確定的な結論は見いだされていない.その中で、近年の発展としては単 結晶についての研究が進んできたことがあげられよう.自発磁化は1ボーア磁子出る こと、低周波で異方性の弱い強磁性共鳴(FMR)と思われるモードが見いだされる など、実験的な進展が報告されている.
そこで、本研究では単結晶試料について低周波ESRを適用し、秩序状態のES Rがどのようなモードを持つのかを調べることにより磁気構造の知識を得ると共に、 圧力下のESR測定を進めていく予定である.初期の頃の研究で、等方性圧力下では 転移温度が低下するとの報告がある.そこで、最近、東大総合文化の鹿児島先生が進 めている一軸性圧力下でESRを測定し、転移温度の変化やモードの変化を調べるこ とにより、秩序状態を発現している相互作用の情報が得ることを目指している.
相互作用のモデルには、C60ボール間の相互作用、例えば、軌道秩序 が強磁性相互作用の原因とする考えや、TDAEの電子状態が関わっているとする考 えなどがある.本研究で一軸性圧力を加えることにより、どちらの考えが実現してい るかを判定できる可能性があると期待している.これは、単に転移温度の変化のみで なく、共鳴モードから秩序パラメータがどのように変化するかも明らかに出来る可能 性がある.
<A1C60 >
この系については多結晶試料について常圧下でのESR測定がかなり詳しく研究 されてきた.我々は、今まで周波数軸を加えて追試を行ってきた.この系では、40 0K以上のfcc相から徐冷する事により最安定相の1次元高分子鎖が出来るわけで あるが、高分子鎖は[110]軸に成長するため、対称性から6つの成長方向の自由 度をもっている.そのため、常圧ではfcc相が単結晶であっても徐冷の際に多結晶 的にならざるを得ないことになる.また、ダイマー相やモノマー相など準安定な相も 不純物相として混じることは避けられないであろう.追試の結果は、この様な状況と コンシステントなもので、転移温度に分布があり、磁気的短距離秩序に由来する周波 数依存性が見られた.
一方で、数kbarの圧力を加えると反強磁性的秩序状態が、非磁性的な基底状 態に変わることがNMRの実験から示唆されている.ESRで観測すればより直接的 にどのような基底状態に変わるのかを知る手がかりが得られると期待している.
また、弱い一軸性圧力を加えた状態でfcc相から徐冷する事により、単結晶試 料の作成も可能だと考えられる.単結晶が得られれば、多結晶で見られた転移温度の 分布などのない物性が実現できる.それにより、1軸圧力の実験も意味を持つし、ク リアカットな反強磁性共鳴信号も得られるはずであり、この系の本質をよりよく理解 できるので、この方向の努力も積み重ねていく計画を立てている.
尚、以上の研究は電総研・徳本圓、大阪市大・谷垣勝巳、NEC基礎研・小坂真 由美、各氏との共同研究です.