研究代表者:野村一成(北海道大学大学院理学研究科)
研究分担者:市村晃一(北海道大学大学院理学研究科)
研究分担者:松永悟明(北海道大学大学院理学研究科)
研究目的
ナノチューブにおいてはその原子配列に依存して物性が変化することは衆知のとおりである。このような系において、空間構造と電子状態との対応を明らかにすることは重要である。一方、走査トンネル顕微鏡(STM)は原子レベルの空間分解能を持ち、実空間での構造観測と同時に、局所的な非接触トンネル分光(STS)による電子状態の直接観測が可能である。このため、ナノチューブ系の物性を調べる上で、STMは有力な測定手段である。我々の基本方針は、低温STMを用いてカーボンナノチューブのカイラリティと電子状態との相関を温度、および磁場をパラメタ−として明らかにすることである。
測定手段
測定手段の主力は、低温STMである。我々のSTM装置は室温から1.2Kまでの温度領域で動作可能である。また、クライオスタットには超伝導マグネットが組み込んであり、7.6Tまでの磁場が印加できる。現在、低温・磁場中におけるSTM/STSの安定動作を確認している。
課題
1. カイラリティと電子状態との対応
STM/STS測定により、原子配列構造と電子状態密度スペクトルを同時に観測する。このことは既にいくつかのグループによって報告されているが、さらにデータを蓄積し再現性を確かめることが必要である。数多く種類のカイラリティに対してSTM/STS測定を行うことにより、カイラリティと電子状態との対応を明らかにする。
2. 低温でのSTM/STS測定
室温から1.2Kにわたり、トンネルスペクトルの変化を温度の関数として得る。低温にすることによりSTSデータの質の向上が期待される。また、あまり調べられていない低温でのナノチューブの物性を明らかにする。特に、1meV程度の微細構造は低温において初めて観測可能となる。
3. 磁場中でのSTM/STS測定
ナノチューブのトンネルスペクトルを磁場をパラメタ−として調べる。ナノチューブの径は数nm程度であるため、量子的な磁場効果が期待される。同一のカイラリティでも磁場により電子状態が大きく変化する可能性も考えられる。さらに、一次元系として見たナノチューブに対する磁場効果も興味深い。
4. 波数分解STS
我々はこれまでに高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8および有機超伝導体k-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2の単結晶においてトンネルスペクトルの角度依存性を測定し、超伝導ギャップのd-波的異方性を直接的に観測した。このことはSTMでも波数分解した測定が可能であることを示すものである。ナノチューブのSTS測定においてもトンネル方向を変化させることにより、波数選択された情報が得られることが期待される。
現在の準備状況
単層カーボンナノチューブにおいて室温で予備的なトンネル分光測定を行い、トンネル微分コンダクタンスを得た(図1、図2)。試料は、エタノール中に分散させた単層カーボンナノチューブ(都立大においてアーク放電法で作成)をグラファイト劈開面上に滴下ののち乾燥を繰り返すことにより準備した。傾向の異なる2種類のトンネルスペクトルが得られたが、いずれのスペクトルにおいても、ゼロバイアス付近のコンダクタンスは比較的大きくかつバイアス電圧に対し平坦な振る舞いを示し、金属的であることを示唆している。図1では平坦な領域は幅にして1000meVほどであり、それより高バイアスではコンダクタンスは直線的に増加している。一方、図2に示したスペクトルでは平坦な領域は1500meVほどの幅を持つ。しかしながら、原子像が得られていないため、トンネルスペクトルとカイラリティとの対応は今のところついていない。STM/STS同時測定が安定的に行えるよう現在装置を整備中である。
図1 トンネル微分コンダクタンス(試料1) 図2 トンネル微分コンダクタンス(試料2)