next up previous

科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol. 2 No.1 (1999) pp.44-47


磁性金属錯体-C60-電荷移動錯体の合成・磁性
および電子構造

都立大院理 石井知彦・山下正廣・松坂裕之・原初音・相澤直子・
池本勲・菊地耕一・兒玉健

1. イントロダクション

 磁性を担うd電子と伝導を担うπ電子とが、共存かつ相互作用する、いわゆるd-π相互作用は、これまでに見られなかった全く新しい複合電子系を構築し、様々な興味深い物性が発現されるものと期待されている。これまで物理のトピックスとして扱われてきた様々な現象、例えば超伝導や巨大磁気抵抗、重い電子系などに見られた電子相関や二重交換相互作用などは、d-π相互作用のメカニズムを解明することで解決出来る可能性があることが示唆されてきた。これまで我々は、d-π相互作用を引き起こす可能性のある物質の開発と、そのメカニズムを調べる目的で、伝導π系ドナーであるTTFやBEDT-TTFと、Moを中心とした磁性金属錯体との間で電荷移動錯体を構築し、電気的・磁気的複合物性の測定を行ってきた。その結果、d電子とπ電子とが密接に絡み合って引き起こされたと思われる、様々な磁性や伝導性の異常が観測されたものの、それらのメカニズムを詳細に解明するまでには至っていない。

 本特定領域研究に於いて我々は、新たなるπ系ソースとしてのC60に着目し、これまでTTFなどの有機伝導πドナー系では見られなかった、新しいd-π相互作用を発現させる系の構築を試みる。C60と相互作用させるd電子系としては、以下に示す様々な磁性のトピックスを有する磁性金属錯体を用いることで、全く新しい新規物性を発現させる系を構築することを目的とする。さらに複合物性の測定結果を電子論的に解明するため、および機能性材料を効率よく設計・合成するために、DV-Xα分子軌道法を用いた電子状態の解明も併せて行っていく。

2. C60と相互作用を持たせるd電子系
2-1. ハルデンギャップ系
 擬一次元反強磁性スピン系において、s = 1, 2, 3...など整数スピン条件下では、一重項基底状態と三重項励起状態の間に大きなギャップが存在することがある。これはハルデンギャップと呼ばれ、s = 1/2, 3/2, 5/2...など半整数スピンでは観測されないなど興味深いスピン選択性があり、これまで数多くの研究がなされてきた。


 本特定領域研究に於いて我々は、s = 1ハルデンギャップを発現させるNi一次元金属錯体と、C60とからなる分離積層カラムを構築し、ハルデンギャップd電子とC60伝導π電子との共存・相互作用をした新しいd-π相互作用系の構築を試みる。具体的には、結晶性が極めて高い[Ni(dmpn)2N3], (dmpn = 2,2-dimethyl-1,3-propanediamine)一次元鎖のカウンターとしてC60z置させ、分離積層カラムの構築を行う。ハルデン鎖は、外場によって一重項状態から三重項状態へと不連続に転移するが、C60π系の磁気抵抗は連続的に変化する。この両者が密接に絡み合った新規d-π系における、伝導性の異常が観測されることが期待される。

2-2. 単分子磁性
 磁性体はもともと、バルクなサイズを有する試料中の常磁性化合物同士が磁気的交換相互作用によって秩序化されて生じるものであるが、最近、金属クラスターサイズで強磁性体となることが報告されている。最初に報告された例 は、[Mn12O12(OOCMe)16(H2O)4]MeCOOHH2Oであり、Mn金属が12個で磁性体となることが観測された。その後、もっと簡単なクラスターでも磁性体となることが報告されている 。

本特定領域研究で我々は、V金属が4個でs = 4の磁性体となる[V4O2(OOCEt)7(bpy)2]+をd電子系として選び、C60分子との間で電荷移動錯体を構築し、C60分子によって形成されたπ伝導カラムと共存させた単分子磁性d電子との間で生じる新しい形のd-π相互作用を探っていきたいと考えている。

2-3. クロムマクロサイクル
 テトラアザ(N4)マクロサイクル金属錯体は、これまでに様々な物質と電荷移動錯体を形成してきた。本来マクロサイクルは、中心金属の異常原子価を安定させるのと同時に、低次元性を安定させる働きも備え持つ。今日までフラーレンの分野に於いても、ポルフィリンやフタロシアニンなどマクロサイクル系とフラーレンとの化合物が数多く合成され、様々な研究がなされてきた。

本特定研究に於いて我々は、C60の酸化還元電位とほぼ同程度の値を有するクロムマクロサイクル系に着目し、C60との間で(部分)電荷移動錯体の構築を試みる。用いるマクロサイクルとしては、ポルフィリンやフタロシアニンに加え、各種アヌレン類、ベンゾキノンジオキシム、ジフェニルグリオキシムなど、一連のクロムテトラアザ(N4)マクロサイクル金属錯体を用いる。それにより、電荷移動錯体が形成されることを狙うばかりではなく、低次元導体と磁性体とが絡み合った、新規d-π系が構築されることが期待される。

謝辞
 阪大産研 坂田祥光氏、杉浦健一氏には、C60とクロムポルフィリンとにおける、電荷移動錯体を構築するアイデアを提供して頂いたばかりでなく、ポルフィリン-C60関連化合物の文献を提供して頂いた。ここに感謝の意を表す。