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科研費特定領域研究(A)
フラーレン・ナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.3, No.1 (2000) p.10

熱処理によるBNナノチューブの生成条件と

ボロン系ネットワーク物質のクラスター構造と物性

 

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 木村 薫

 

1.Li蒸気下での熱処理によるBNナノチューブの生成条件の探索

はじめに

カーボンナノチューブの発見以来、ナノチューブ及びその関連物質に関する研究が精力的に行われてきた。現在までにBNナノチューブ、B-C-N系ナノチューブ、WS2等の金属カルコゲナイド系といった様々なナノチューブの作製が報告されている。こうした中でBNナノチューブは、サイズや螺旋度に関わらず約5eVのエネルギーギャップを持つ絶縁体であることが明らかになっており、この絶縁体的性質はカーボンナノチューブとの軸方向及び径方向接合において非常に有用であることが予想されている。BNナノチューブの作製法はカーボンナノチューブのアーク放電法やレーザーアブレーション法といった従来の方法と同じ場合が多いのと比較して、我々のLi蒸気下での熱処理という方法は非常に独特であり、今後必要とされるBNナノチューブの大量合成に対しても重要な足掛かりを提供することができると思われる。しかし、再現性に優れていないという短所を持ち合わせているため、本研究ではこの点を克服するべくLi蒸気下での熱処理によるBNナノチューブ生成を促進させる作製条件を明らかにすることを目的とした。

実験方法

窒素雰囲気の熱処理 】原料粉末をアルミナボートに収納し、熱処理を行った。熱処理の間、炉内は約100150ml/minで窒素を流し続けた。

Li蒸気下の熱処理 He雰囲気のグローブボックス内でステンレスパイプの一方に原料粉末を、もう一方にLi(基準量50mg)を入れ、これを石英管で二重に真空封入をして熱処理を行う。

作製した試料はX線回折による相同定、TEMによる組織観察、EDSEELSによる定性分析により評価を行う。

実験結果及び考察

 当研究室では、原料粉末としてアモルファスボロン(a-B)h-BNの混合粉末とLiを用い、10時間で1200℃まで昇温後10時間等温保持し炉冷するという熱処理条件(この条件を[a-B,h-BN,Li 10h1200℃×10h]と表し、以下も同様の表記で表す)においてBNナノチューブの作製に成功している。しかし再現性に優れないために、再現性実現の鍵となる条件を探るために実験を行った。BNナノチューブが発見される試料において共通しているのは、BNレイヤーが絡まった状態(Fig.1)が観察されることである。よって、この状態が作製出来る条件を探索した。

窒素雰囲気の熱処理によるBの窒化 】熱処理におけるLiの役割を調査するために気相からN原子を供給し、Liを使用しない方法によるBNナノチューブの作製を試みた。Li不使用のためBの窒化が行われないことを想定して[a-B,N2 10h1500℃×10h][a-B,N2 10h1200℃×10h]2つの温度域で熱処理を行った。どちらもh-BNの生成が確認されたが、Fig.1のような粒子やBNナノチューブは観察されなかった。1200℃の試料では、多結晶状態のBN(Fig.2)が観察された。

Li蒸気下の熱処理によるカーボンナノチューブ作製 】当研究室では、以前に熱処理によってカーボンナノチューブの生成に偶然成功している。Li蒸気下での熱処理がナノチューブの生成に影響を及ぼしていることから、カーボンナノチューブを意図的に作製することでBNナノチューブの作製についての知見を得る目的で行った。過去の調査結果からSiが何らかの役割を持っていると思われるため、Siの有無を比較して[C,0.5Li 10h1200℃×10h][C,Si,0.5Li 10h1200℃×10h][C,0.25Li 10h1200℃×10h][C,Si,0.25Li 10h1200℃×10h][C,0.5Li 5h600℃×10h][C,Si,0.5Li 5h600℃×10h]の熱処理を行った。Liと石英管の反応により真空封入が破られることを考慮し、Liの量をそれぞれ変更した。1200℃の熱処理では、いずれも酸化が原因と見られる試料粉末の消失が生じた。そのため温度を下げた結果、[C,Si,0.5Li 5h600℃×10h]においてのみカーボンナノチューブが観察された(Fig.3)。これらの結果から、カーボンナノチューブの生成にはSiが必要であることがわかる。

BNナノチューブにおけるSiの適用 】カーボンナノチューブに有用であったSiBNナノチューブの作製に適用した。比較のため同様にSiの有無で[BN,0.5Li 5h600℃×10h][BN,Si,0.5Li 5h600℃×10h][BN,0.25Li 10h1200℃×10h][BN,Si,0.25Li 10h1200℃×10h]の試料を作製した。しかし、Fig.1のような粒子やBNナノチューブは全く観察されず、Siの混入はカーボンナノチューブにおいてだけ有用であることが示され、BNナノチューブには影響が確認されなかった。

熱処理時における混入物の影響 】これまでの実験からBNナノチューブの生成を満たす条件は、非常に幅が狭いことが想像される。従来の条件では実験系が確立されにくく、Liによる真空封入の破壊等の偶発的な事故を避けることが困難であった。しかし興味深いことにBNナノチューブが生成された場合、真空封入は破られていた。そのため敢えて最初から混入する可能性のある物質を原料粉末に加えて熱処理を行った。これを可能とするためにステンレスパイプを改良し、密閉性を良くすることで大幅なLiの減量を行い真空封入が破られないようにした。最初に基準となる試料である[a-B,BN,0.1Li 10h1200℃×10h]を作製したところ、BNレイヤーが絡まった状態(Fig.4)が大量に確認された。封入が破られていないことが大きく影響しているかを調べるため、封入が破られた状態を再現するAr封入の試料([a-B,BN,0.1Li in Ar 10h1200℃×10h])を作製した結果、Fig.4と同様な粒子が観察されたが量的には少量であり、ArによるLi蒸気圧抑制が原因ではないかと考えられる。また、石英管からのSiO2の混入を考慮して作製した試料である[10a-B,10BN,SiO2,0.05Li 10h1200℃×10h]と、BNレイヤーが絡まった粒子から検出されることがあるCを混入した試料である[10a-B,10BN,C,0.05Li 10h1200℃×10h]のどちらにおいても大量にBNレイヤーが絡まった状態が観察されており、CSiO2の混入による影響は明らかとなってはいない。

BN生成のメカニズム TEMの観察においてa-Bを覆うBNレイヤーが観察されることがあるが、[BN,Li]の熱処理ではFig.1のような状態は観察されておらず、それらやBNナノチューブが原料BNから構成されたのか、BNからのN原子の供給によるa-Bの窒化で生成したのか疑問が残る。それらを検証するため原料粉末を個々に隔てた状態でBの窒化を行う試料([a-B | AlN,Li 10h1200℃×10h][a-B | Li3N 10h1200℃×10h][a-B | BN,Li 10h1200℃×10h])を作製した。その結果、[a-B | Li3N]では単結晶h-BNレイヤー(Fig.5)が観察されただけであったが、 [a-B | AlN,Li]から少量ではあるが絡まったBNレイヤーが観察され、[a-B | BN,Li]では、大量の絡まったBNレイヤーが確認された。[a-B | AlN,Li][a-B | BN,Li]において同様の状態が作製されたことから、これらの粒子やBNナノチューブはBの窒化によって生成したと考えられる。また[a-B | BN,Li]では粉末を隔離しているためにNの供給源である原料h-BNが試料に混入することなく、絡まったBNレイヤーを精製することが可能となった。

結論

BNレイヤーが絡まった状態の生成には、Liの存在は不可欠である。

・真空封入を保持したまま熱処理することは、再現性を高める上で非常に重要である。

Li蒸気下での熱処理では、BNレイヤーが絡まった状態やBNナノチューブはBの窒化によって生成すると考えられる。

[a-B | BN,Li]で絡まったBNレイヤーが作製できたことにより、これらの組織やBNナノチューブの精製が可能となった。

 

2.ボロン系ネットワーク物質のクラスター構造と物性

はじめに

 ボロン系固体の多くは12個のボロン(B)原子が正20面体の頂点に位置するB12クラスターを構造の基本に持つ半導体である。ボロン系固体の物性はB12クラスターの存在や結合様式を強く反映していると考えられており、ボロン系固体を理解していくうえでB12クラスターの性質を知ることは重要である。ところで、多元系アモルファス固体は一般に単相領域が広いため、組成に依存した構造と物性の系統的な変化の測定に有用である。ボロン系アモルファス固体はB12クラスターを基本とする構造であると考えられているため、ボロン系アモルファス固体に他元素を添加することによりB12クラスターの性質が明らかになることが期待される。本研究では、B12クラスターとボロン系固体の物性との関連を明らかにすることを目的とした。

実験方法

Bと添加元素を蒸着源にして電子ビーム蒸着法により基板上に薄膜を堆積させた。CuKa線を用いたX線回折測定により相の同定を行い、X線光電子分光法(ESCA)により深さ方向の組成分布を評価した。その後、光吸収測定(B-Si系)やvan der Pauw法を用いた電気伝導率の測定(B-V系)を行い、MoKa線等を用いたX線回折測定より一部の試料で動径分布関数を求めた。試料の膜厚は表面粗さ計で評価した。また、密度はヘリウムガス置換による定容積膨張法で測定した。

B-Si系アモルファス薄膜


 


はじめに                                           B-Si系アモルファス固体において組成を変化させることにより、B12クラスターのネットワークから、sp3結合のネットワークへと変化することが期待される。したがって、B-Si系アモルファス固体における組成に対する系統的な構造の解析と物性の測定は、 B12クラスターの結合と典型的な共有結合が固体物性に与える影響の違いに対する多くの知見を与えると考えられる。

結果及び考察                                    作製した試料(平均組成B-16at.%Si)のX回折測定を行い、動径分布関数を求めた(図1)。破線はモデルを使った解析により得られた値である。この解析から原子間距離と配位数が表1のように得られた。図1、表1にはB-16at.%Si試料 に組成が近いc-B6Si(B-15.2at.%Si)の値も示してある。このc-B6SiB12クラスター内の1ないし2原子をSiで置換したM12クラスターや26面体のM15クラスター等を基本とする構造であることが知られている。表中のSNB及びSi原子周りに存在するB原子とSi原子の配位数の和であるが、B-16at.%Si試料のSi原子周りの6.1という値はa-Si試料の3.3とは異なり、c-B6Si5.7に近い値となっている。したがって、B-16at.%Si試料の構造はa-Siのようなランダムネットワーク構造ではなく、c-B6Siのようなクラスターを基本とする構造であることが示唆される。このことは、B-Si系アモルファス相のバンド端構造が20at.%Si付近を境にして複雑なアモルファス構造に特徴的なものから単純なそれへと変化しているという光吸収測定の結果と関連していると考えられる。

B-V系アモルファス薄膜

はじめに                                           b-菱面体晶ボロン(b-B)にはA1サイト、Dサイト、Eサイトの3つの侵入サイトが知られているが、b-BA1サイトをほとんど占有しないZr等の金属を1at.%ドープしても半導体的な性質のままであるのに対し、A1サイトを占有するVをドープした場合b-B1at.%程度で室温での電気伝導率が数桁上昇し、伝導率の温度依存性のほとんど無い金属的な状態になる。このA1サイトは4つのB12クラスターに囲まれており、ボロン系固体の物性はB12クラスター内外の結合様式を強く反映していると考えられる。ところで、アモルファスボロン(a-B)の局所構造はb-Bに良く似ていると言われている。したがって、a-B 中にVを添加することにより、a-B 中のA1サイト的なサイトをVが占有すれば、a-B的な構造を保ったまま金属−非金属転移が起こる可能性がある。


 


結果及び考察                                     作製した試料の動径分布関数(図2)とその解析から得られた原子間距離と配位数(2)を示す。組成はESCAより求めた平均値である。X線回折測定よりアモルファス相が形成されていることが確認された。a-B試料のB-B相関は5.6配位、B-3.5at.%V試料のそれは5.5配位とほぼ等しいことからB-3.5at.%VB12クラスターを基本とする構造であると考えられる。また、電気伝導率の温度依存性の測定結果を図3に示す。a-B試料やB-0.1at.%V試料の電気伝導率は大きな正の温度依存性を示しているのに対し、3.5at.%V以上の組成の試料では温度依存性のほとんど無い金属的な傾向を示している。したがって、03.5at.%V付近で金属−非金属転移が起きていると考えられる。a-SiVを添加した場合、局所構造が約15at.%V4面体配位のネットワークから金属間化合物的なものに変化した後、20at.%付近で金属−非金属転移が生じるという報告がある1)。しかし、B-3.5at.%V試料ではそのような構造変化は起きておらずa-B的な局所構造を保ったまま金属−非金属転移が生じていると考えられる。a-B に添加されたVA1サイト的なサイトを占有することにより周囲のB12クラスターに金属結合が誘起され、金属結合の領域が増加してパーコレーションのパスが繋がると金属―非金属転移が起きたと考えられる。

まとめ

(1) B-Si系アモルファス相ではクラスターの有無によりバンド端構造が変化することが見出された。

(2) B-V系アモルファス相ではB12クラスターを保ったまま、結合の変化に伴い金属―非金属転移が生じることが示唆された。

1) U. Mizutani, T. Ishizuka, and T. Fukunaga, J. Phys.:Condens. Matter, 9, 5333-5353 (1997).