金属内包C60 の精製・単離と構造・物性研究の現状
岡山大理学部
久保園芳博
|
金属内包C60 (M@C60)については図1に示す方法を用いて,質量スペクトルから98 - 99%の純度と評価できる固体試料が得られるようになった.具体的には,@ アーク放電法によるM@C60含有ススの作成,A 昇華によるM@C60以外の金属内包高次フラ−レン類の除去,B アニリンを使った抽出とアニリンを展開溶媒とした高速液体クロマトグラフィによる分離・精製, C 10-5 Torr以下の高真空でのアニリンの除去,という一連の操作によって,固体試料を得ることができる.
|
図2にEu@C60のアニリン溶液の吸収スペクトルを示す.C60やC70の吸収スペクトルの立ち上がり(onset)と比較して,Eu@C60のonsetが900 nm以上の長波長にred-shiftしていること,構造がほとんどないbroadなスペクトルであること,の二つが大きな特徴として指摘できる.最近,名大・篠原らによって分離が報告されたEr@C60も同様な吸収スペクトルを示している [1].吸収スペクトルから,Eu@C60がHOMO - LUMO gapの極めて小さなフラ−レンであること,アニリン溶液中でEu@C60-アニリン複合体が形成されている可能性が指摘できる.固体試料は,空気中でも室温で1 週間程度なら安定に存在するが,空気中に放置後の質量スペクトルでは,Eu@C60Oに帰属できるピ−クが徐々に強くなってくる.これは,試料が徐々に酸化されることを意味するが,それにともなってEu@C60ピ−クが弱くなってくる.またさらに長時間 (1カ月以上)空気中にさらした試料では,m/z = 500以下の炭素不純物に帰属されるピ−クが出現し,Eu@C60のピ−クがさらに弱くなる.一方,精製されたEu@C60のアニリン溶液を脱気した後に冷蔵庫に保存しておくと,試料の劣化は2カ月後もほとんど観測されない.固体試料は,X線回折パタ−ンにおいてBragg peakが観測されず,アモルファスであることがわかった.
|
図3に固体試料のEu LIII-edge XANESスペクトルを Eu2O3とEuSのXANESスペクトルと一緒に示す.吸収端エネルギーE0は,Eu@C60で6973 eV, Eu2O3で6979 eV, EuSで6971 eVであった. E0は,Eu化合物においてEuが+3の原子価をとる場合と,+2の原子価の場合ではおよそ7 eVシフトすること[2], Eu2O3のEuは+3価,EuSのEuが+2であることに基づいて,Eu@C60のEuは+2価であると結論できた.Eu@C82のEuの原子価が+2であることを都立大・菊池らのグル−プが吸収スペクトルの類似性から見いだしているが [3],これらの結果は,フラ−レン化合物ではEuが+2価をとる傾向のあることを示している.
XANESは金属の原子価を決定する上で有用な手段である.2000年春の物理学会においても,都立大・菊池らのグル−プによって,Tm LIII-edge XANESの吸収端エネルギ−のシフトからTm@C82とTm2@C82ならびにTmHo@C82におけるTmの原子価が異なること(Tm@C82でTm2+, その他でTm3+) が報告された [4].XANESは高真空などを必要とせず,極めて簡単に測定できることから,今後,金属内包フラ−レンの電子状態の研究に活発に用いられることが期待される.
|
構造については,Eu@C60を優勢に含むススのEu LIII-edge XAFSにより研究を行った.XAFSはX線を吸収する金属原子と隣接原子の構造に関する一次元的な情報を与えるが,試料の状態としては結晶に限定されず,アモルファス,液体,さらには気体でも測定可能である.とくに,金属周りの構造を知る必要のある金属内包フラ−レン研究においては有用な情報を得ることができる.XAFSの解析は,Eu原子がC60の六員環もしくは五員環上にいるものと仮定して行った.表1に解析結果を示す.六員環上にある場合は,第一隣接炭素数と第二隣接炭素数は両者ともに6であるが,五員環上にある場合は両者ともに5である.Euと第一隣接炭素間距離rEu-C(1)ならびにEuと第二隣接炭素間距離rEu-C(2)は六員環上, 五員環上というモデルに関わらず同じ値を与えた.解析結果を使って計算されたスペクトルと実験のスペクトルの一致の尺度であるR-factorは,六員環モデルで0.028,五員環モデルで0.034と,若干六員環モデルの方が良好であった.六員環上にEu がある場合,rEu-C(1) = 2.34(1) Åのとき,予想されるrEu-C(2)は内包の場合に2.87 Å, 外接の時には3.73 Åである.一方,五員環上にEuがあるならば, 内包のときにrEu-C(2)の値は2.73 Å, 外接ならば3.65 Åと予想される.実験結果は,rEu-C(2) = 2.84(1) Åであったことから,少なくともEu原子はC60ケ−ジに内包されていることが確認された.また,実験結果が六員環上にEu原子があるとしたモデルから予想されるrEu-C(2) の値に近いことから,Euは六員環上に内包されているものと考えれるが,C60側への電子移動によるケ−ジの歪みが予想されることから,結論を下すにはさらに詳細な検討が必要である.図4にXANESとXAFSから予想されるEu@C60の構造を示す.尚,Eu原子の位置は中心ではなく,中心から1.4 Åずれた位置である.
|
さて,Eu@C60を始めとするM@C60への理論からのアプロ−チが筑波大・鈴木らのグル−プによって開始され,Eu@C60の興味深い性質が指摘されている [5].固体・分子を問わずEu@C60のEuの原子価は+2であること,Eu原子は中心から1.2 Åずれた位置にあることが理論的に予想されたが,これは実験結果と一致している.さらに興味深いことに,Euの6sからC60の三重縮退したt1uに移動した電子は,t1uをJahn-Teller effectによる分裂とは異なる二重−一重に分裂させ,4f軌道のスピンとは向きを反対にして反強磁性的に,エネルギ−の低い二重縮退した軌道に入る.今後,M@C60の実験的研究の発展に伴って,研究の方向性を指し示す理論研究の重要性が増大してくるものと期待される.
現在,ドイツ・ハ−ンマイトナ−研究所を中心に原子を内包したC60,とくにN@C60の物性解明と,応用に向けた研究が盛んに進められている.Kirchbergで行われたXIVth International WinterschoolのSummaryにおいて,ロ−ザンヌ連邦工科大学のForro教授は,昨年に比べて内包C60関連の研究が非常に増加していること, N@C60がgood spin probeであることなどを指摘した.また,ドイツ・マックスボルン研究所ではLi@C60二量体の作成などの興味深い研究を展開している.これらの研究に比べて,超伝導や電気伝導などの金属ド−プC60において実現した物性を担うことが期待される金属内包C60の研究は若干出遅れた感がある.しかしながら,固体試料の分取が可能となったことから,今後は研究が本格的に展開できるものと期待している.現段階(2000年3月27日)における最大の課題は,“試料の結晶化”である.結晶化により,構造と固体物性に関する情報を得ることが 我々にとって最も重要な課題であり,これを早急に成し遂げるために全力を傾けたいと考えている.尚,本研究は,岡山大大学院生の井上,菅原,飯田,高林,藤木,福永君と岡山大理学部の柏野先生,阪大産研・江村先生,JASRI・宇留賀先生との共同の研究として進めている.最近の我々のEu@C60に関する研究成果は,文献6に掲載されている.
[1] T. Ogawa, T. Sugai and H. Shinohara, J. Am. Chem. Soc., in press.
[2] T. Tanaka et al., Physica B208,209, 687 (1995).
[3] K. Kikuchi et al., Proceedings Electrochem. Soc., 408 (1997).
[4] K. Sakaguchi et al., Abstract Phys. Soc. Jpn., 739 (2000).
[5] S. Suzuki et al., Abstract Phys. Soc. Jpn., 741 (2000).
[6] T. Inoue et al., Chem. Phys. Lett., 316, 381 (2000)