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科研費特定領域研究(A)
フラーレン・ナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.2, No.3 (2000) p.20

MEM/Rietveld法による

フラーレン化合物の精密構造解析

 

名古屋大学大学院工学研究科    高田 昌樹,西堀英治、坂田誠

 

Fine Structure Determination of Fullerene Compounds in the Electron Density Level

by the MEM/ Rietveld Analysis.

Masaki Takata, Eiji Nishibori, Makoto Sakata

Department of Applied Physics, Nagoya University

 

 

1. はじめに

 最近10年間、 C60のみならず様々なフラーレン関連物質が、多くの研究者によって生み出され、その構造、物性について多くの研究がなされてきた。それらの研究において、結晶構造解析は、ケージ構造をベースとするこの物質の特異な構造ゆえに、C60のサッカーボール型構造の証明をはじめとして、これまで、フラーレン科学の発展に重要な役割を果たしてきた。1995年、我々はマキシマムエントロピー法(MEM)1)という、新しい構造解析法を用いてY原子が実際にC82ケージに内包されている様子を直接観察することに初めて成功し、金属内包フラーレンの存在の決定的証拠を提示した2)。その後も、2個金属原子を内包するSc2@C843)3個金属を内包するSc3@C824、また、Sc@C825), La@C826)の一連の詳細な金属内包構造を明らかにしてきた。また、この研究が、MEMとリートベルト解析法を組み合わせた新しい粉末精密構造解析法(以降 MEM/Rietveld法と呼ぶ)の開発の契機2)となった。この新しい粉末精密構造解析法の紹介も兼ねて、我々が行ってきた、フラーレン化合物(金属内包フラーレン、アルカリ金属ドープフラーレン)の精密構造研究の一端を紹介する。

 

2. 放射光粉末回折実験

MEMはモデルフリーな解析法であるがゆえに、解析の正否の鍵は、データの信頼性の高さに大きく依存する。その様な精度の高いデータ測定の手法として、放射光粉末法が最適であると考え、高分解能放射光粉末法の検討を行ってきた。そして、放射光実験施設において、イメージングプレート(IP)を用いたカメラ法7)と長尺ソーラースリットを用いた平行ビーム光学系(BL-3A)8)2つの方法を確立し、目的に応じて使い分けてきた。フラーレン化合物の場合、大量の試料の生成単離が困難で、微量の試料しか得られないこと、吸収係数が比較的小さいことから、図1に示したようなIPを用いた透過法で測定を行った。

試料はガラスキャピラリー中に封入されたものを用いた。粉末回折データの測定は、BL-6A2-16で巨大分子用ワイセンベルグカメラ(半径286mm)と我々が自作した大型デバイシェラーカメラ(半径572mm)を用いて行われた。入射X線の波長は1.0Å露出時間はデータの統計性を出来るだけ上げるためイメージングプレートのダイナミックレンジをフルに活用できる長時間露出(数十分から1時間程度)に設定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1  The experimental arrangement of Synchrotron X-ray powder experiment using Imaging Plate(IP) as a detector(BL-6A2 Photon Factory). The Debye-Scherrer pattern recorded on IP is inserted.

 

テキスト ボックス:  
図2  Flow chart of the MEM/Rietveld analysis.


3. MEM/Rietveld解析法によるフラーレンの電子密度解析

本研究の構造解析の成功はマキシマムエントロピー法(MEM)のもつ構造予測性という特性によるところが大きい。MEMは測定されたX線回折データに合うように物質の電子密度分布を求めるモデルフリーな解析方法である1)。このことが、複雑な構造を持ち平均構造の原子配列モデルを予測するのが非常に困難なフラーレン分子を含む化合物の構造解析を容易にしたといえる。特に、MEM/Rietveld法の考案がブレークスルーとなった。図2に、解析のフローチャートを示す。ある程度までしか構造モデルを推定する事ができない系について、まず予備的な構造モデルを基にリートベルト解析を行う。このフィッテイングの結果を参考に、各測定角度の観測強度を各反射の測定強度として振り分け観測構造因子を決定する。そして、その値を用いてMEMにより電子密度分布を求める。得られた電子密度を参考にして、最初の構造モデルを改良する。そして、新しいモデルを基にリートベルト解析を行う。この過程を、モデルとMEM電子密度がほとんど一致するまで行う。この様に、MEM/Rietveld法は、MEMの構造予測性を利用したセルフコンシステントな構造精密化の方法である。

テキスト ボックス:  
図3(a) Preliminary Rietveld fitting of Rb2CsC60 based on the homogeneous spherical shell density model for C60. (b) Final Rietveld fitting of Rb2CsC60.


この方法についてアルカリ金属ドープフラーレンRb2CsC60の解析を例に説明する。Rb2CsC60の基本構造は、C60分子のFCC格子の四面体隙間にRb、八面体隙間にCsが位置することはよく知られている。この時、C60分子が結晶中でどの様に配向しているかは、多くのモデルが考えられる。最初のPreliminary Modelとして、C60が自由回転をしていて均一な球殻の電子密度分布を持つ最も簡単なモデルを仮定し、リートベルト解析を行った。その結果を図3(a)に示す。積分強度に基づく信頼度因子RI15%で、モデルが不十分で、構造が決まっていない事が分かる。しかしながら、この予備的なリートベルト解析を基にMEMによる電子密度を得る事ができる。それが、図4(a)である。図には(110)面の断面の等高線図が示してある。等高線は電子密度の低い領域のみ書かれている。ドープした金属の原子位置は、電子密度が非常に高くなっている。図の中央に見られるのは、C60の断面である。等高線図を見ると、電子密度は一部が高くなっており、自由回転による均一な電子密度の描像にはなっていない。むしろ、C60の回転は止まった描像になっている。即ち、構造モデルが違うという事をMEM電子密度は我々に教えてくれている。そこで、この図を基に球殻上の電子密度の高い位置に炭素原子を仮定してモデルを作る。すると、各C60分子が六員環を最近接のRb原子の方向に向けてお互いに90度回転して1/2の確立で配位するMerohedral Disorder といわれる構造モデル(5)に一致する事が分かった。そこで、Merohedral Disorder に構造モデルを改良して再びリートベルト解析を行うと図3(b)の様にフィッティングの結果はドラスティックに改善しRIが一気に3%まで下がった。この結果は通常のリートベルト解析としては最終解として受け入れる事ができるものである。この事から、MEMによる構造予測性がフラーレンの構造解析に如何に強力であるかがわかる。

このリートベルト解析の最終結果に基づく電子密度分布を図4(b)に示す。図4(a)と比較して電子密度分布はスムースになり、ゴーストと思われるアーティフィシャルな細かなピークは消えている。中央のC60ケージの断面はMerohedral Disorder の描像をはっきりと再現している。このC60ケージ上のピークの3次元的分布を見るために、等電子密度面を図6に示した。図5Merohedral Disorder のモデルと良い一致を示しているのが良く分かる。MEMによって得られた電子密度分布に基づくX線強度と観測強度のフィッティング結果をに示す。観測された粉末回折強度はMEM電子密度から計算された各反射のブラッグ強度と非常によい一致を示し、観測強度に基づくR-factor1.6%であった。これは、最終的なMEM電子密度分布の信頼度因子が1.6%であることを意味する。

テキスト ボックス:  
図4. (a)The preliminary MEM charge density of Rb2CsC60 based on the first Rietveld fitting of Figure 6(a). (b)The final MEM charge density of Rb2CsC60. Contour lines are drawn from 1.0 to 3.0 (eÅ-3) with 0.5 (eÅ-3) intervals for (110) plane.

4.アルカリ金属ドープフラーレンのMEM電子密度分布

  アルカリ金属ドープフラーレンでは、これまでイオン半径の大きな金属原子をドープする事によって格子定数が大きくなり、超伝導転移温度が上昇する事が知られていた。しかし、ドープした金属原子と炭素ケージとの結合形態の違い等、詳細な電子密度レベルでの構造までは議論されなかった。

テキスト ボックス:  
図5 The merohedral disorder model of C60 molecule.

MEM/Rietveld法で解析した、アルカリ金属ドープフラーレンのMEM電子密度分布を図6に示す。Li2CsC60, Na2RbC60, K2RbC60 , Rb2CsC60の電子密度を、C60分子及び Li, Na, K, Rb原子の等電子密度面(2.0eÅ-3)について3次元的に示したものである。超伝導を示さないLi2CsC60ではフラーレンケージ上の電子密度はLi原子のある方向にわずかに集中し、Cs原子の方向では電子密度が薄くなりケージに穴があいてしまっているが、自由回転に近い描像になっていることが分かる。一方、超伝導を示すK2RbC60(Tc=23K)Rb2CsC60(Tc=31K)では、C60ケージの回転は、ほとんど止まり、(Merohedral Disorder)であることを示している。Na2RbC60 (Tc=3.5K)C60ケージのDisorderの様子は違うが、同様にC60ケージの回転はほとんど止まっている。これは、超伝導を示す物質では、C60ケージとドープしたアルカリ金属の間に強い相互作用が働いている事を示している。実際にMEM電子密度かテキスト ボックス:  
図7  Fitting for Rb2CsC60 based on the calculated intensities from the final MEM charge density of Fig.6

ら、原子サイトに局在した電荷を見積もったところ、超伝導を示さないLi2CsC60LiCs共に、ほとんど中性に近い電子数が原子サイトに局在する一方、Tcが上昇するに連れて、ケージへの電荷移動量が多くなっている事も明らかになった。このように、超伝導の発現に関係していると思われる電子レベルでの構造の違いをMEM/Rietveld解析により明らかにする事ができた9)。これらMEMによる電子密度分布は、C60分子について特別な構造モデルを仮定する事なく、純粋に実験データをMEMにより電子密度分布をイメージングすることにより、得ることが出来た結果である。この様なMEMの特長がメタロフラーレンの構造解析にも非常に威力を発揮した。

テキスト ボックス:  
図6 The equi-contour (2.0eÅ-3) density surface for the MEM charge densities of Li2CsC60, Na2RbC60 K2RbC60 and Rb2CsC60.

5.メタロフラーレンの金属内包構造の決定

  1995年、我々はMEM/Rietveldを用いてY@C82の放射光粉末回折データを解析し、得られた電子密度分布から、Y原子が実際にC82ケージに内包されている様子を直接観察することに世界で初めて成功した2)最近、我々は、ケージ内にScをそれぞれ1〜3個内包していると考えられている、Sc@C82, Sc2@C84,Sc3@C82の詳細な電子密度分布を求め、金属内包フラーレンのケージ構造、また、実際に2個,3個ともカーボンケージに内包されているのか、また、内包されているとすればどのような形態で金属原子内包されているのかを明らかにした3,4,5)

テキスト ボックス:  
図8 The Results of Final Rietveld Fitting of (a)Sc@C82, (b)Sc2@C84 and (c)Sc3@C82.

5.1 Sc@C82Sc2@C84Sc3@C82MEM電子密度分布

  得られた粉末回折パターンはいずれも空間群 P21 monoclinic: a=18.362(1) Å, b=11.2490(6)Å, c=11.2441(7)Å and b=107.996(9)°; Sc@C82, a=18.312(1)Å, b=11.2343(6)Å,  c=11.2455(5)Å, b=107.88(1)°; Sc2@C84, a=18.2401(9)Å, b=11.1803(3)Å,  c=11.1698(4)Å, b=107.671(6)°; Sc3@C82の複雑なパターンであった。8 a),  (b), (c)ScC82Sc2@C84, Sc3@C82のリートベルト解析によるパターンフィッティングの最終結果をそれぞれ示した。そして、MEM/Rietveld法により、最終的に9に示した Sc@C82,Sc2@C84 Sc3@C82MEM電子密度分布を得た。

9(a),(b),(c)Sc@C82,Sc2@C84 Sc3@C822.1e/Å3のレベルの等電子密度面を3次元的に示したものである。六員環や五員環によって形成されたフラーレンケージの中に1個,2個、3個の電子密度の固まりが存在しているのが見える。MEMによって得られた電子密度は全電子密度分布そのものであるから、この部分に局在する電子の数から、原子又はイオンを同定する事ができる。得られた電子密度から局在した電子数を見積もったところ、Sc@C82,Sc2@C84については、カーボンケージ中の電子密度の固まりはSc2+イオンであることが同定され、Sc原子をカーボンケージに実際に内包し、それぞれSc2+C822-, Sc2+2@C844-の電子構造を持つ事が明らかになった。特に、Sc@C82については安定に内包されたSc2価の状態であるか、3価であるかは、理論計算による予測10)や、Electron Paramagnetic Resonance (EPR)の実験結果に基づく推定から11)、長い間論争になっていた。そして、我々はX線回折法によりSc@C82の電子構造について、直接的な実験証拠を提示する事ができた。また、9個あるC82フラーレンの異性体のうちC2Vの対称性を持つC82構造モデルと、六員環、五員環の配列がMEM電子密度の結果と一致した。このことから、Sc@C82 のケージ構造はC2Vの対称性を持つ事が実験的に明らかになった。この結果は、理論的に予測されたSc@C82の安定構造と一致し、金属内包フラーレンの構造安定性の支配因子が金属原子からフラーレンケージへの電荷移動であるとする安定構造の理論的解釈を裏付ける事になった。

テキスト ボックス:  
図9 The equi-contour densitymap for the MEM charge densty of (a) Sc@C82(2.1eÅ-3),  (b) Sc2@C84(1.3eÅ-3) and (c) Sc2@C84(2.1eÅ-3).
9(a)で分かるように、Sc@C82では、Sc原子はケージの中心ではなく、ケージ側に近い偏った位置に安定に存在している。この事は、Y@C82の結果とも一致する。一方、図9(b)Sc2@C84場合は、2Sc原子がC84ケージのD2dC2対称軸に沿ってケージの中心に対称に配位し、図9(b)の手前に見られる六員環に挟まれたC=C二重結合の直上に位置することが明らかになった3)。これらの、ケージ構造とSc原子の位置関係は理論計算による安定な金属内包構造と一致している。この様に、Sc@C82 Sc2@C84MEM電子密度による金属内包構造の描像は、安定構造の理論的予測のための原理及び方法論の妥当性を指示してきた10)

Sc3@C82では新たな金属内包構造の様子が明らかになった。図9(c)から、3個のSc原子はSc33+クラスターを形成し、C3vの対称性を持つC82ケージに内包されることが明らかになった。そして、その3つ葉のクローバー状のクラスターは、中心から外れた位置に、C3軸に中心を突き抜かれる形で安定に存在する事が初めて明らかになった4)。この様に、金属原子がカーボンケージのなかでクラスターを形成して内包されるという事実が、我々の実験結果により初めて明らかになった。

 

以上示してきた様にMEM/Rietveld法は、詳細なモデルを予測することが難しいフラーレン化合物の結晶構造解析にとって強力な手段であることがわかった。海外でも、我々のMEM/Rietveld法や、それを参考とした研究成果が報告されはじめている12,13)。この方法を用いて、我々はフラーレン関連物質だけでなく、強相関系物質14)、そして、その高圧下での電子密度レベルでの構造変化等の研究にも取り組んでいる。これらの研究を通じて筆者は、MEM/Rietveld法が、今後、放射光粉末回折データを用いた精密構造解析の可能性を大きく拡げていくものと確信している。

 

謝 辞

本研究は、篠原久典教授(名古屋大学大学院理学研究科)谷垣勝巳教授(大阪市立大)小坂真由美氏(NEC)との共同研究です。また、高エネルギー加速器研究機構の坂部知平先生、渡邊信久氏の御援助に感謝いたします。

 

参考文献

[1]D.M.Collins: Nature 298 (1982)49;

G.Bricogne: Acta crystallogr. A44 (1988)517;

  M.Sakata & M.Sato: Acta crystallogr. A46 (1990)263.

[2]M. Takata et al. :Nature 377 (1995) 46.

[3]M. Takata et al. : Phys. Rev. Lett. 78 (1997) 3330.

[4]M.Takata, et al. : Phys. Rev. Lett. 83,(1999) 2214.

[5] E.Nishibori, M.Takata, M.Sakata, M.Inakuma & H.Shinohara:Chem..Phys.Lett. 298 (1998)79.

[6] E.Nishibori, M.Takata, M.Sakata, M.Inakuma & H.Shinohara: in preperation(2000)

[7]M.Takata, M.Yamada, Y.Kubota and M.Sakata: Advances in X-Ray Analysis 35(1992)85.

[8] M.Takata, M.Kisono, M.Sakata and S.Sasaki: Photon Factory Activity Report, #11,(1993) 39.

[9]M.Takata, et al. : Jap. J.Appl. Phys. 38,(1999) 122.

[10] K.Kobayashi: Dissertation for a Degree of Doctor of Science, Tokyo Metropolitan University (1997);S.Nagase, K.Kobayashi, T.Akasaka: J. Comput. Chem. 17, 232(1997); S.Nagase and K.Kobayashi: Chem Phys.Lett. 231, 319(1994).

[11] M.Rubsam, P.Schweizer and K.-P.Dinse: Fullerens and Fullerene Nanostructures, H. Kuzmany, J. Fink, M. Mehring, S.Roth (Eds.), pp.173-177, Wold Scientific, Singapore (1996).

[12]M.Schneider and S.Smaalen: Maximum Entropy and Bayesian Methods. W.von der Linden et al. (eds.), pp.335-340. Kluwer Academic Publisher(1999).

[13]R.J. Papoular and D.E.Cox: Europhysics Letters.32(1995) 337.

[14] M.Takata, E.Nishibori, K.Kato, M.Sakata and Y.Moritomo: J.of Phys.Soc.Jpn.(Letters), 68,(1999) 2190.