ダイヤモンド気相合成の歴史
ダイヤモンド低圧合成の初期
GE社の高温.高圧合成の研究の出発時に低圧合成の試みがなされている。その後旧ソ連の科学アカデミーの Derjaguin らはダイヤモンド気相合成の特許を出願している。またアメリカのユニオンカーバイド社のEversoleは、やはり気相からのダイヤモンド合成の特許を1962年に取得している。ダイヤモンド気相合成の最初の詳細な実験はAn-gusにより行われた。
その方法はメ夕ンを1000℃程度に加熱されたダイヤモンド粉末状に流し、粉末粒子の成長を確かめた。しかし、これらの実験ではダイヤモンドと同時に成長する黒鉛が大きな問題であった。天然ダイヤモンドの表面に黒鉛が成長を始めると、低圧下で安定相の黒鉛の成長が優先する。そのためダイヤモンドの成長は止まつてしまう結果となる。そこで定期的に反応を止め、黒鉛の除去を行わなくてはならないという操作が要求されることとなり、さらダイヤモンドの表面にしか成長できないという基本的な問題を抱えていた。
1970年代の低圧合成
このころほぼ同時に出発した高圧合成と低圧合成は前者に大きく水をあけられてしまった。安定相と準安定相での成長に基本的な差があること、即ち結晶成長の本質的な部分に関わっている内容が含まれる。
低圧合成法では、ほおっておけば優先的に成長する黒鉛をいかに効率よく除去するかがネックとなってきた。これまでは化学気相合成法(Chemical Vapor Deposition CVD )と一般に呼ばれている方法が多かったが、炭素の正イオンビームを用いる方法が試みられ始めた。この方法を利用する裏には高速イオンによるスパツ夕リングによりダイヤモンド以外の炭素を除去しようということを考えていたとも理解できる。
1970年代にはCVD法、イオンビーム蒸着、スパッ夕リング等のいくつかの方法で炭素膜を作製することが試みられた。特に炭素膜といつた理由は、ダイヤモンドではないが、物理的性質がダイヤモンドに似た薄膜が生成されたからである。そして、それらのダィヤモンド状薄膜( Diamond like Carbon:DLC)などと名づけられた。構造は無定型の物が大部分であり、その中に電子回折的には結晶質の微粒子も含まれていた。
低速電子回折(LEED)による一つの発見
これまでに書いたとおり、水素原子はダイヤモンド低圧合成に大きな役割を果たしていることが明らかになってきた。低速電子回
折による結果では、ダイヤモンド(111)面は水素原子のある雰囲気においては再配列をしない(1×1)の構造をとっていること
が示されている。従って未結合手(dangling bond)は水素原子と結合し安定化されていることをうかがわせる。
もし水素原子が存在しない場合は、表面は再配列を起こし複雑な構造をとると報告されている。
ダイヤモンド表面での炭素原子は、1200K以上では非常に移動しやすくなり、もし炭素原子をダイヤモンド表面に供給すれば、エ
ピ夕キシャルに成長させることができるだろうと指摘している。
1980年代以降の進歩
これまでのCVD法、イオンビーム蒸着法等で低圧でもダイヤモンドはできそうであることがわかった。また、炭素を気相から通常
の方法で下地表面に成長させたのでは、ダイヤモンド状炭素のような無定型の膜しか成長しないことも見いだされた。
1980年代はじめにDerjaguinらはメ夕ン分解によるCVD法において、水素原子を熱及びプラズマを用いて多量に生成することによ
り、ダイヤモンド以外の下地にもダイヤモンドが成長することを見いだした。
また日本においては科学技術庁無機材質研究所において熱フィラメントを用いて水素原子を生成することにより、種々の下地表面
に実用になる成長速度でダイヤモンドが成長することを確認した。これをきっかけとして日本国内でのダイヤモンド低圧気相合成
のブームが始まった。
その後、原料気体としてメ夕ン−水素系以外にも多くの炭化水素、アルコール、アセトン、一酸化炭素などによる合成も試みら
れ、酸素によるエッチング効果も明らかにされた。また、気体分解もRFプラズマ、マイクロ波プラズマ、DCプラズマ等が試みら
れ、さらにアーク放電を利用した高速合成も行われるに至った。
現在は、それまでのダイヤモンド核を作るという目的からさらに進んで、エピ夕キシヤル成長膜をいかに作るかという段階になっ
ている。
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