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科研費特定領域研究(A)
フラーレン・ナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.2, No.2 (2000) pp.13-16.

会議だより

 

Fullerenes ’99  

The Third International Interdisciplinary Colloquium on the Science and Technology of the Fullerenes - A Workshop in Nanotubes and Fullerene Chemistry

29 August – 2 September 1999,

Chateau de BONAS, 32410 Castera-Verduzan, FRANCE

web page: http://www.elsevier.nl/homepage/sai/full99/full99.htm

 

 

 

ロッジの窓から見るBONASの朝。

見渡す限りの畑。夜に星を見るには、昼間のうちに白い椅子を運んでおき、夜になったら星明かりを頼りに椅子にたどりつく。フランスの「夜の事情」に詳しい末永さんに教えていただいた。

 


はじめに

8/29から9/2にかけてフランス、トゥールーズにほど近いChateauで第3回目のFullerenes ‘99が開かれました。オックスフォードで開かれた前回のFullerenes ‘96はオープンな会議であり、出席者も非常に多く大成功をおさめました。ちょうどダブルレーザー蒸発法による、単層チューブの高純度合成の論文が発表されたころです。それから3年、今回のFullerenes ‘99ではスタイルを変えて、出席者72名という少人数のワークショップとして開催されました。開催をご存じなかった方も多数いらっしゃるのではないかと思います。

 

Location

トゥールーズの空港からチャーターバスで1時間半程度にある広大な農園の中心に、13世紀に建てられたという由緒正しい古城(?)BONAS(ボナスと読みます。http://www.bonas.com/)があり、そこが会場となりました。宿泊施設も新旧いくつかありましたが、それほど大きくはありません。これが人数を制限した理由でしょう。大御所の先生方は、まさに歴史的建造物であるChateauに宿泊されておりました。驚くべきことに、どの部屋も外出時に施錠できません。宿泊者はワークショップ参加者だけの貸しきり状態ですから、鍵をかける必要が無いというのが、主人の言い分のようです。実際、見渡すかぎりのまわりの土地はすべて敷地という様子で、治安の良し悪しなどを議論するような状況ではありませんでした。当然、夜間は周囲に人工的な明かりはほとんど無く、部屋の照明を消せば、完全なる闇に包まれます。幸い連日天候に恵まれ、夕食後のひと時は畑に安楽椅子を持ち出して、無料の天体ショーを鑑賞できました。

 

A Workshop on Nanotubes and Fullerene Chemistry

ワークショップのタイトルは、”A Workshop on Nanotubes and Fullerene Chemistry”で、英語の不得手な私は、<ナノチューブとフラーレン>の<化学>だと思い込み、少し化学寄りの話をしなければと、growth mechanism の話をしました。しかし、実際には<ナノチューブ>と<フラーレン化学>が正しいようです。Closing RemarksChairmanの一人が触れていましたが、まだナノチューブ化学というものは存在しないのでしょう。私からすれば、<ナノチューブ>と<フラーレン化学>はおよそ相性が悪そうですが、主催者の希望的観測としては、両研究分野の交流を試みたようです。発表会場は一つで、セッションは4日間行われましたが、遠足の日を除いて毎日必ずナノチューブとフラーレンの両セッションがありました。明らかに相互の交流をめざしたプログラムです。しかし、残念ながら結果的には希望は果たせず、両者は分離していたようです。私自身も「フラーレン化学」に関する講演はほとんど聴かず、長いコーヒーブレイクを楽しみました。

今回の口頭講演数は46でしたが、そのうち「フラーレン化学」に関するものが27件、ナノチューブに関するものが19件でした。会議の名称から考えても、フラーレンに関する公演数が多いのは当然な気もしますが、現在の世界的な趨勢からすれば、ナノチューブに関する報告が少なく、物足りない印象を受けました。

 

Topics

フランスでの会議というと、昼から豪華な食事とワインが出て、ワイン好きの私はついつい飲んだくれて午後はただの酔っ払いになってしまいます。講演も子守歌になってしまい、はなはだ曖昧な記憶しかありません。言い訳しておきます。

 

 STM, STS

単一種類の試料が得られないナノチューブにおいては、個々のチューブを一本一本観察し、電子状態を調べられるSTM, STSは極めて有効な研究手法であります。今回のworkshopでもSTM, STSの報告が数件ありました。原理的に、原子像から直径・螺旋度がわかりますから、チューブの種類を特定できます。そこでSTSを測定すれば、特定のindexのチューブの電子状態がわかるはずです。しかし、螺旋度と電子状態の関係については、すばらしい結果が得られていますが、indexを特定して議論した論文は無いと思います。今回の報告では、その辺の事情を詳しく説明していました。平坦な基板上に円筒型の物質がある場合、そこをプローブがスキャンしていくときに、実際にどことどこの間でトンネルが起こるか(プローブの形状効果)、プローブと試料、プローブと基板の間のトンネルの違いの補正などを行わなければならないようです。面白いことに、報告のあったグループごとにこの補正の仕方が違うように見受けられました。いずれにしても、indexを決定するには、直径の情報に10%程度のあいまいさが残るようです。また、件のgの値は、2.9 eVというのが統一見解になりそうな気配です。

 

 Peapod

 ナノチューブの中に何かを入れてやろうという取り組みは、かなり盛んに行われていました。UCLAKiangにより、単層チューブの中にBiを入れ、擬1次元金属ワイヤーを作製する話もありました。しかし、やはり面白いのはpeapodでしょう。どこから、どうやってC60がナノチューブにもぐりこむのか、というのは興味のあるところですが、Fischerによれば、電子顕微鏡の中で、C60がナノチューブ側面のドアを開け、中に入るところが見えるそうです。その後、ドアを閉めるかどうかはわかりません。

 

NMR

NMRに関しては、Montpellier 2 ChristopheNorth Carolina Zhou から報告がありました。私はNMRに関して素人なので、よくわかりませんが、かなり異なった結果のように思えました。日本では分子研の緒方先生がNMRの測定をされていますが、これも結果が異なるようです。面白いのは、どのグループも異なった試料を用いていることです。Christopheは、NiY触媒を用いたアークの試料を精製したもの、(最近では触媒の量を極力減らして良質の試料を得ているようです)、ZhouNiCo触媒を用いてlaser ablationで作製し、H2O2で精製しています。緒方先生は、斎藤弥八先生のところで作製されたRhPt触媒のアークの試料をH2O2で精製しています。作製法や直径分布の異なる試料が異なった結果を与えるというのは当然のことですが、各報告における違いはそのレベルを遙かに超えています。磁性不純物を含まないという意味では、緒方先生の試料がベストですが、触媒の残留量からするとZhouの試料がベストでしょう。また、Zhouの報告によれば、異なる結果を与える2種類の試料があるようです。同じ製法の試料でもこういう状態ですから、NMRの結果が統一されるのは、もう少し時間がかかりそうです。

 

Nanodevice

ナノチューブを使ったトランジスタ等のデバイスの試みやそれを用いた物性測定が報告されていました。特に、UC Berkley Fuhrerの報告にあった、2本のナノチューブをクロスさせ、そのトンネル特性を測定すると、金属どうし、半導体どうし、金属と半導体の場合で異なる振る舞いを示し、これがバンド計算と一致するというのは非常に面白い実験だと思いました。日本では、単層チューブにおけるこういったミクロ工作を伴う実験はほとんどなされていません。非常に残念なことだと思います。

 

Field emission

 これはやや個人的な興味なのですが、Zhouから単層チューブを使ったField emission の話がありました。面白いのは電極にFe薄膜を用いている点で、このFe薄膜に精製したナノチューブを載せ、熱処理することによりカーバイド相を形成し、良好な電気接触を得ているようです。これは多層チューブにも応用できるものだと思います。

 

Raman

Ramanでは、螺旋度の効果およびバンドルの効果がとりあげられていました。特にRadial Breathing Modeの振動数が螺旋度やバンドルの効果によって変化するというのが重要です。ラマンスペクトルで試料の評価を行っている実験家にとっては、とても気になる計算結果です。類似の計算はいくつか報告されていますが、最近のものではPRB 60 (1999) R8521に報告があります。

 

Fullerene

冒頭に書きましたように、フラーレンの話は聞かなかったので、何も話題はないのですが、唯一面白いと思ったのは、フラーレンの有機合成への取り組みです。Boston College Scott等によると、C36H12まで化学合成に成功しているようです。フラーレンとして閉じるにはもうひとがんばり必要そうですが、むしろ閉じさせずに、これを核にグラファイトレイヤーを成長させれば、ナノチューブができそうです。化学合成でナノチューブができれば、物性研究も応用も新たな次元に進むことが期待できます。

 

番外:水素吸蔵

水素吸蔵に関する報告はありませんでしたが、大手自動車メーカーT社の研究員の方が来ておられて、水素吸蔵に関連する情報収集に連日走り回っておられました。私はこれまでお金に縁の無い研究ばかりでしたので、新鮮な感動をおぼえました。有益な情報が得られたのかどうかは不明ですが、10年後には製品化する意気込みのようです。

 

 

 

 

 東京都立大学大学院理学研究科 片浦弘道