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科研費特定領域研究(A)
フラーレン・ナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.2, No.2 (2000) pp.9-11

会議だより

IWFAC99

International Workshop for Fullerenes and Atomic Clusters

 

St. Petersburg, Russia, October 3-8, 1999

 

ロシアで開催される大きなフラーレン関連会議としてはInternational Workshop for Fullerenes and Atomic Clustersが唯一であろう。その第3回 大会が1999 平成11年10月3日から8日までSt Petersburgで開かれた。IWFACは、ロシア科学アカデミー・イオッフェ物理工学研究所(Ioffe Physicotechnical Institute)が主催であるが、ここがフラーレンを対象とする大きな研究プロジェクトを管轄していて、その活動の一部として4年前から2年ごとに始めた会議である。1997年の第2回大会に招いてもらった時は始めてのロシア出張に緊張して出かけた。会期中外出した際に旅券を紛失するというハプニングがあったが、拾った人がSt Petersburgの日本領事館に届けてくれた。また1973年に世界で始めてC60のヒュッケル分子軌道計算を行ったA. Stankevichらに以前から会いたいと思っていたが、この時に会うことが出来た。これらの思い出がプラスに作用して、今年の第3回大会にも押しかけで出席することにし、ついでに古い知己の多いMoskowと、P. Buseckが始めて天然フラーレンを発見したことで有名な炭素鉱石shungiteの産地カレリアの首都Petrozadovskにそれぞれ数日づつ滞在したので、全部で2週間の出張となった。

IWFAC99は非常に良く準備された会議で、親切なオーガナイザーが痒いところに手が届くように世話をしてくれる点は日本で行う国際会議と似ている。招待講演(40分)と一般講演(20分)を組み合わせた一会場制オーラル発表と、夕方のポスター(2時間)という構成であったが、全発表件数は約300件とあまり多くはなかった。日本であれば多分2−3日に短縮してしまうところだが、そこはお国柄か、講演会場では30分の休憩が少なくとも一日3回、昼休みが2時間と甚だのんびりとしていた。前回は日本からの参加は私一人だったが、今回は榎(東工大)、赤坂(新潟大)、永瀬、小林(都立大)各先生が参加した。直前になってWudlを始めとするアメリカ軍団が全員参加を取り消した(政治情勢が原因だったらしい)のは残念であったが、ドイツのKraetchmerやSalzborn,オーストリアのKuzmany, ハンガリーのBraun,フランスのHeritier, スエーデンのSundqvist, ポーランドのGraja といった顔ぶれが出揃い結構賑やかだった。

研究発表はロシアからのものが圧倒的に多かったが、この国はアメリカ、日本、中国につぐフラーレン研究大国だからテーマも多岐全般に亙っていた。物理系が多いのは日本と同様である。内容はどちらかというと二番煎じのテーマが多い感じを受けたが、あまり気にしている風ではなかった。日本やアメリカでは最近では炭素ナノチューブの発表が主流であるが、ここではむしろマイナーで、C60の研究が多い。この点はドイツと似ていて、Kraetchmerが非常に尊敬されていることと無縁ではないように見える。日本では珍しい分野としては、超硬炭素相の研究が目立った。衝撃波によるミクロダイヤモンド合成が主流であるが、触媒を用いるC60の重合でダイアモンドより硬い炭素の開発に成功したという話を聞いた。これについては、偶々私が数年前に考えた2+2二量体からC120への転移プロセスの初期段階がヒントになったという裏話を後で聞いて甚だ気分が良かった。

今回、ロシア旅行の動機の一つはshungite鉱石を見て、shungite研究者と会う事であった。この目的はSt Petersburgに向かう前に立ち寄ったPetrozadovskで十分に果たしたが、IWFAC99にもPetrozadovsk のshungite研究者達がほぼ全員出席して、ポスターを出していたので、ここでも更に話しを聞くことが出来た。Shungiteに本当にC60が含まれているかどうかという疑問は、今回のIWFAC99における発表によると鉱石を粉砕後水中でコロイド状に分散してから有機溶媒で抽出するという方法を用いて解決したようである。やはり含まれていて、濃度は平均5 ppmというから、天然フラーレンとしては高濃度である。勿論この程度の濃度では工業的なフラーレン抽出などは採算に乗らないだろうが、地表直下にほぼ無尽蔵に埋蔵されており、ミクロ構造がガラス状炭素と良く似ていて、断熱材、工業触媒など様々な用途が開発されている。日本の商社が注目して調査に乗り出しているという話であった。

ロシア人は一般に英語が苦手で、講演は聞きやすいとは言えない。しかし、前回に比べて非常に進歩したと感じた。抄録に書かれた英語、ポスターの作り方なども格段に良くなっていて、この種の国際会議が良い影響を与えたことが窺える。ホテルは相変わらず悪かったが、前回よりは良かった。困ったのはレストランが少ないことだった。食事時間になるとロシア人参加者達はどこかに消えてしまって、外国人だけが差し回しのバスでいつも同じレストランに運ばれるという具合であった。しかし、これらの問題は多分IWFAC99が一般参加者の便宜を考えて安く上がるようにアレンジされたために発生したと思う。個人旅行となったMowcowやPetrozadovskではずっと快適だった。とくに後者は日本人が滅多に行かないところだが北欧的な美しい街で、ホテルは安くて清潔、食事も美味しく、人々は親切で治安も良いようだった。世話をしてくれたモスクワ国立大学のOlga Boltalinaさんや、ロシア科学アカデミーカレリア分室のNatalia Rozkhovaさんの心遣いによるところも大きいが、ロシア旅行は決して悪くないと思う。現在ロシアは対外債務の利子支払いを一時停止するなど経済危機に見舞われていて、その為ルーブルが暴落し、ドルに対する交換レートは昔1:1だったのに今では1:25である。経済不振の影響は街角でも至る所に見受けられるが、反面外国人にとっては申し訳ないほど物価が安く感じられる。

一方でイオッフェ物理工学研究所には中高校生の物理教育センターとして立派な建物を立てるための巨額の予算が与えられ(これが今回のIWFAC99会場となった)、またTokamak型核融合装置を新設したりするといった例を見聞きすると、苦しい中でも教育と基礎研究に予算を割く真摯な為政者がいる様子が窺われる。今回の旅行を通して強く感じたのは、これまでの我々のロシアに関する認識が、過去の不幸な戦争やここ数年の政治的混乱に関するマスメディア情報に強く影響されて、過小評価に陥っているのではないかという点であった。このように思い直してみると、むしろロシア人と日本人に共通したロマンチスト的性格が目についてくる。この次にロシアを訪れるまでにロシア語を少しは理解できるようになりたいと念じつつ帰国した。

                            (平成11年10月24日記す。大澤映二)