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科研費特定領域研究(A)
フラーレン・ナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.2, No.2 (2000) pp.21-24

研究ニュース 

 


ナノチューブからの電界蒸発法によるC20の選択生成

 

三重大学・工学部 畑 浩一、齋藤弥八

 

 

  近年、カーボンナノチューブがそのユニークな形態および電子物性から電界放出型電子源の陰極材料として注目されている。電界放出は、数V/nm程度の強電界により陰極から電子が放出される現象であるが、これと相補的な現象として、電界蒸発1)が従来知られている。電界蒸発は、陽極表面での電界強度が電界放出より一桁高い数10V/nmに達すると、陽極を構成する表面原子が正イオンとなって真空中に放出される現象である。最近我々は、この電界蒸発によりナノチューブ先端から放出される炭素クラスターイオンの質量分析を行なっており、その一端を紹介する。

  我々の実験装置は、ナノチューブを陽極に用いた電界蒸発イオン源と、これから放出されたイオンの質量分析を行なう単収束磁場型質量分析計(HITACHIRMU-6M)から構成されている2。今回の実験に用いたナノチューブは、Heガス雰囲気中で直流アーク放電法により作製したもので、未精製の多層ナノチューブ(MWNT)と、Fe/Ni混合触媒を用いて作製しHIDE法3で精製した単層ナノチューブ(SWNT)の2種類である。実際には、これらを多量に含んだフレークを陽極に用いた。

  図1(a)(b)は、それぞれMWNTおよびSWNTから放出された電界蒸発イオンの質量スペクトルである。各々の測定条件は図中に示してある。両者とも240uにC20に対応する明瞭なピークが認められる。これ以外で純粋な炭素クラスターと思われるものは、微弱ではあるが60uのC5に対応するもの、および312uのC26+に対応するものが見られた。しかしながらC26については、その出現する質量数が314uあるいは316uにシフトすることがしばしば観測されるため、恐らくC26x(x =0,2,4)であると思われるが、正確な同定には至っていない。

  図2(a)は、C20に対応する240uのピーク近傍の高分解能測定スペクトルである。高分解能で測定すると、ピークは240u241u242uの3つに分離された。これらの相対イオン強度と、天然の炭素同位体比(12C:98.9%、13C:1.1%)を考慮した理論強度との比較結果を図2(b)に示す。全体の約95%を占める主要な240uおよび241uの2つのピークについて、その相対イオン強度は理論値と良い一致を示しており、これらがC20に由来することが解る。242uのピークについては、測定誤差の範囲を超

えて理論値より高い強度が観測された。この理由として、水素と結合したC202が生成されていることが考えられるが、強度は全体の5%以下であった。

  図3は、電界強度に対するC20強度のプロットである。MWNTおよびSWNT共に電界強度が約10V/nmに達するとC20が生成され始めることから、この値がC20の蒸発電界であることが解る。このことは、ナノチューブが10V/nm以上の強電界下では、C20を生成して壊れることを示している。

  以上、現在までに得られているナノチューブからの電界蒸発に関する知見について概説した。ここで示したデータからは、今回観測されたマジッククラスターC20の構造は議論できないが、クラスターサイズが20に強く限定されることは興味深い。従来、気相中で生成された炭素クラスターは、直鎖あるいはリング構造であることが知られている4が、これらのモデルでは”なぜサイズが20なのか”を説明できない。20というサイズに注目すれば、図4に示す(a)corannuleneの炭素骨格あるいは、(b)12面体構造がその候補の1つに挙げられる。もし正12面体構造であるなら、12個の五員環のみで構成される最小サイズのフラーレンであり、大きな期待を込めてC20の構造決定が急がれる。

  最後に、強電界下でのナノチューブの物性は、本稿で紹介した電界蒸発やRinzlerらが提唱する電界放出時の原子鎖仮説5など、大変興味深くまた未解決の問題も多い。更に、ナノチューブの応用を検討する上でも数多くの重要な知見を含むため、この分野の今後の発展を期待している。

 

1)    たとえば、T.T.Tsong, ATOMPROBE FIELD ION MICROSCOPY, Cambridge

   Univ.Press,(1990)31. 

2) K.Hata et al., Chem. Phys. Lett.  308(1999)343. 

3) H.Takahashi et al., J. Mater. Sci. Eng.  A217(1996)42.  

4) G.von Helden et al., Nature 363(1993)60. 

5) A.G.Rinzler et al., Science 269(1995)1550.