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科研費特定領域研究(A)
フラーレンナノチューブネットワーク
ニュースレター Vol.2 No.2 (2000) pp.37-41

t1u-C60超伝導体研究の最近の進展

都立大・院・理: 藤 秀樹、真庭 豊

 

 C60固体はギャップが1.5eV前後の半導体であり、アルカリ金属(A=Na,K,Rb,Csなど)などをドープすることができる。超伝導を示すA60では、ドープされたアルカリ金属からC60の最低非占有軌道(LUMOt1uにほぼ一個の電子が移動している。C60のLUMO-t1uは3重に縮退しているので、t1uバンドがちょうど半分詰まった状態がC60超伝導体の電子状態ということになる。これは通常の意味では金属であり実験的にも確認されている。したがって、低温で超伝導が出現しても格別“不思議”はない。

 しかしながら超伝導発見の当初からその電子状態・超伝導状態の“異常”に注目する向きも少なくなかった。たとえば、t1uバンドの幅(W)は電子間のクーロン反発エネルギー(U)よりも狭く、C60超伝導体は絶縁体に近い電子状態にあるに違いない、と考えられた。電子の運動エネルギー(W)よりも電子間の反発力(U)が勝って、個々の電子は身動きできなくなっている状態、所謂、モット絶縁体近傍の電子状態にある、と考えられたのである。この状況は、酸化物高温超伝導体や有機超伝導体の場合に似ている。また、比(U/W)の評価からは、「何故A60は絶縁体ではなくて金属なのか」という疑問さえ生じてきた。さらに、U、Wに加えて、大きな電子・格子相互作用、高い分子内振動エネルギーなどが顔を出す。A60はこのように興味深い物性物理の舞台を提供している。 超伝導転移温度がほぼ頭打ちになった現在、超伝導発見直後の研究の賑やかさはないが、地道な理論的、実験的研究は進行している。私たちも核磁気共鳴(NMR)法を用いてA60の電子状態について系統的な研究を続けている。最近では(NH)K60という物質が全温度領域で局在スピン系として記述されることを示し、A60の電子状態の理解について若干の進展があった。ここにその結果を簡単に紹介したい。

 図1は、A60超伝導体の超伝導転移温度Tと格子定数aの関係を示す。図からA60超伝導体が次の3つに大別されることが分かる。(I)格子定数の小さい領域のNa2AC60など、(II)格子定数の中間領域のA3C60、ここには典型的・代表的なC60超伝導体K3C60, Rb3C60が含まれる、(III)アンモニアを入れて格子を伸ばしたA3C60。全ての超伝導体は立方晶であるが、グループ(I)は低温で単純立方、他は低温までFCC構造をとる。

 典型的・代表的なGroup I超伝導体の電子状態はかなり分かってきた。私たちのNMRの実験からは、通常の金属とあまり違わないようにみえる。(例えば、低温ではTT=一定でかつ大きな電子相関による増大効果はない。温度上昇により、TT=一定からのずれが見

られるが、この物質の短

い平均自由行程によって

無理なく説明できる。超

伝導状態も、高い分子内

振動モードの関与したB

CS的な超伝導であると

考えられる。) 一方、

グループ(III)超伝導体

の振る舞いは異常である。

格子定数はグループ(II

超伝導体とオーバーラップ

しているが、Tcの格子定

数依存性が逆転している。

そして、aを大きくしてTc

をゼロにもって行った先に、〜45Kに電子相転移を示す(NH3)K3C60が位置している。このような振る舞いは、先に述べたC60-t1u超伝導体の隠れた異常の現われかもしれない。もしそうであるなら、アンモニアを一緒にドープすると何故このような異常が顕わになるのか。(NH3)K3C60はこの問題を解く鍵となる物質であるに違いない。

 図2はアンモニア(NH3)の水素核〈プロトン〉のNMRスペクトルである。ESRおよびSQUID磁束計による磁化測定では、45K近傍の相転移の存在が明らかになっている。50Kのスペクトルにみられる小さな構造は、アンモニア中の3つの水素核間の双極子相互作用により説明される。重要なことは、転移温度以下において、極めて幅の広い対称の線形を示すことである。C60中の炭素及びC60分子間のカ

リウムのNMRスペクトルも同様な変化を示す。これらのスペクトルの解析から低温状態がC60分子あたり1ボーア磁子(1mB)を有した反強磁性相であることが結論される。C60分子に局在した大きな磁気モーメントが各原子核の位置に双極子磁場を発生する。磁気モーメントと原子核の相対的位置によって、核の感じる磁場の大きさと方向が異なるので、図のようにNMR共鳴周波数に分布ができるのである。

 更に、磁気モーメントから

離れた位置にあるカリウムと

水素核のスペクトルを解析す

ると、磁気モーメントの配列

(反強磁性の波数)を予想す

ることができる。図3にその

結果を示した。ラグビーボー

ルはC60分子であり、黒白は

それぞれ異なった方向(例え

ば、c軸方向と-c軸方向)の

磁気モーメントを表す。アン

モニアはC60分子間の八面体

隙間にカリウム1個と一緒に

入っている(図中大きい方の

ボールがK、小さいほうが

NH3を表す。4面体位置のK

は示されていない。)。石井

(東大理)らは、詳細なX線回折実験により、150K以下において八面体隙間のK-NH3対が図のように配列することを明らかにしている。図から分かるように、a-b面内では、同色の最近接C60-(K-NH3)-C60と異なった色の間のそれが異なった配列をしていることがわかる。このことは、これらの磁気モーメント間に異なる大きさ(符号)の相互作用が働くことを示唆し、NMRから推測された磁気構造が石井らの構造解析の結果と良く整合することを意味している。

 さて、転移温度より高温の状態を議論しよう。SQUID磁束計による磁化測定と炭素核のスピン・格子緩和時間T1の測定結果は、高温状態もまた各C60分子上に1ボーア磁子程度の磁気モーメントを有した局在スピン系として記述されることを明らかにした。局在スピン間には平均として反強磁性的な(磁気モーメントを反平行にする傾向)相互作用が働いていて、高温で熱的に揺らいでいたスピンが45K以下で反強磁性的に秩序化したものと理解される。この状態は、モット的電子局在の結果であると解釈するのが自然である。すなわち、各サイトに整数個(この場合3個)の電子が存在しバンド描像では金属になるべきところが電子間の反発により電子が局在するのである。スピン状態としては、3個の電子がC60サイトに局在して低スピン状態S=1/2をとったと考えられる。それでは何故(NH3)K3C60のみ“モット局在”を起
こすのだろうか?

  図3 NMR実験結果より予想される反強磁性磁気構造とC60分子軌道秩序。ラグビーボール   

          C60分子軌道(たとえばφx, φy等表す)を、白丸(大)、白丸(小)はそれぞれカリ

     ウム原子、アンモニア分子を表す。黒と白のラグビーボールは反対向きのスピンを示す。

 

 モット転移(局在)の起こる条件は(U/W)で与えられる。したがって、バンド幅Wが減少、又は電子間の反発エネルギーUが増大すると起こりやすい。今考えている状況ではUに大きな変化は期待できないので、 (NH3)K3C60 Wが他と比較して特に小さいのかもしれない。しかし、図1が示すように、格子定数はほぼグループ(II)超伝導体と同じ程度であり単純にWに帰するわけにはいかない(格子定数が大きくなると、波動関数の重なりが小さくなりバンド幅が狭くなる)。別の可能性は、(NH3)K3C60 が立方晶から歪んでいるためである。しかし、非立方晶で更に大きな格子定数をもつCs3C60では、モット転移(局在)を示さず、低温まで金属的であるとの報告があり(岡山大、久保園ら)、この可能性も疑わしい。この様にいくつかの可能性を検討した結果、八面体サイトのNH3-K対とC60の相互作用の重要性を指摘したい。実際、炭素核のNMRスペクトルはそれを示唆する。したがって、次のように考えることはできないであろうか。NH3-K対とC60との相互作用の結果t1u軌道の3重縮退がとける。Gunnarsonらによれば、軌道縮退のある場合にはモット転移は起こりにくくなる。したがって縮退が解けることによって、かろうじて金属サイドにあった電子状態が局在状態に転移するのである。軌道縮退(t1uの3重縮退)がとけた状態は、別の見方をすると、たとえば、図3のラグビーボールが伸びた方向で示したようにt1u軌道の一つがKイオンに引き寄せられ整列しているに違いない。これは、t1u軌道の軌道整列であるとみなしても良い。150K以上の高温では、アンモニアおよびC60は結晶内で激しく回転しているので、この温度域ではt1u軌道もまた無秩序状態にあるであろう。

 さて、私たちのNMR実験は、(NH3)K3C60 がモット的電子局在状態である極めて強い証拠を与えた。また、t1u軌道の軌道整列の可能性も示唆した。これらのことから、t1u超伝導体はその軌道縮退によってかろうじて金属サイドにあり、縮退をとく相互作用に対して極めて不安定であると予想される。今後、(NH3)K3C60 につながるように見えるグループ(III)超伝導体の電子状態、超伝導状態の研究が興味深い。ここでは、(NH3)の欠損によるディスオーダーなども考慮する必要が有るかもしれず、実験は容易ではないだろう。しかし、地道な研究を更に続けたいと思う。

 本研究は、北陸先端大岩佐、下田(現ノースカロライナ大)、三谷の各氏との共同研究である。また、筑波大中尾・鈴木グループとの議論もまた大変有用であった。この場をかりて感謝申し上げる。