アルカリ金属ドープC60(AxC60、A=K、Rbなど)における超伝導発 現の機構についてこれまでさまざまな説が提出されている。1)この超伝導 機構には、その起源を電子間のクーロン斥力に求めるものから、フォノンを媒介 とする電子間の引力に求めるものまであり、どれが実際の超伝導発現において重 要な機構であるのかは現在でも明らかにされていない。
この物質に関する実験事実のなかで特に興味深いのは、その物性の価数xへの 依存性である。これまでの研究から、A3C60が超伝導体であるのに対し、 これに隣接する相であるA2C60とA4C60は超伝導体であるどころ か絶縁体であることが明らかにされている。2)したがって、A3C60の超伝導機構の理論はこの事実をも説明できなければならない。
我々はこれまでアルカリ金属ドープC60における電子間相互作用と電子格子 相互作用をともに考慮した微視的モデルを提案し、これに基づいて以下のことを 明らかにしている。3)まず、A2C60とA4C60では電子間相 互作用と電子格子相互作用が協力的に作用してバンドギャップを形成するため、 系は絶縁体となる。一方、A3C60では電子間相互作用と電子格子相互作 用が競合するため、系はかろうじて金属にとどまっているものの金属・絶縁体転 移の近傍にある。
最近、我々は上記の微視的モデルに基づいて、A3C60における超伝導を Hgモードの分子内フォノンを媒介とする電子間の引力によって理解できるこ とを見出した。これによると、アルカリ金属ドープC60における超伝導発現 のためには、伝導帯が複数存在することが重要である。伝導帯が一つのみの場合 にはクーパー対は伝導帯内でのコヒーレントな運動によってのみ安定化されるの に対し、伝導帯が複数ある場合にはさらに伝導帯間でのコヒーレントな運動が可 能となりクーパー対がより安定化されるのである。この様子を波数空間で模式的 に表したのが図1(a)である。これはSuhl-Kondo機構として知られているものであ り、4,5)アルカリ金属ドープC60の超伝導機構としてもRiceら6)とAsaiら7)によりすでに指摘されていた。
さらに、我々は微視的モデルの解析から超伝導の発現基準を調べた。その結果、 二つの伝導電子が対となってC60分子内をコヒーレントに運動し、軌道一重 項状態が形成されることが発現基準であることがわかった。この基準が満たされ ると、二つの電子間には実効的な引力が働き、系の基底状態は超伝導状態となる。 この軌道一重項状態は動的Jahn-Teller効果による安定化により実現された状態 とみなすこともでき、実空間で模式的に表すと図1(b)のようになる。つまり、ア ルカリ金属ドープC60の場合にはSuhl-Kondo機構による超伝導と動的 Jahn-Teller効果による超伝導とは等価なのである。
我々が得た結果のもつ意義は、Suhl-Kondo機構によりA3C60が超伝導体
となることとA2C60とA4C60が電子間相互作用と電子格子相互作
用の協力により絶縁体となることが、一つの微視的モデルによって統一的に理解
できる点にある。しかしながら、相図を明らかにすることや物理量の温度依存性
を調べることなどの解明すべき点が数多く残されており、
参考文献
1) C. M. Lieber and Z. Zhang:
Solid State Physics, Vol. 48, eds. H. Ehrenreich and F. Spaepen
(Academic Press, New York, 1994), pp.363, and references therein.
2) Y. Iwasa and T. Kaneyasu:
Phys. Rev. B 51 (1995) 3678, and references therein.
3) S. Suzuki and K. Nakao:
Phys. Rev. B 52 (1995) 14206.
4) H. Suhl, B. T. Matthias, and L. R. Walker:
Phys. Rev. Lett. 3 (1959) 552.
5) J. Kondo:
Prog. Theor. Phys. 29 (1963) 1.
6) M. J. Rice, H. Y. Choi, and Y. R. Wang:
Phys. Rev. B 44 (1991) 10414.
7) Y. Asai and Y. Kawaguchi:
Phys. Rev. B 46 (1992) 1265.